二人 泣き虫

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二人 泣き虫

学校からの帰り道。振り返って幼馴染の名前を呼んでみた。


「真奈美。」


「何?美咲。」


「何でもない。」


また前を向いた。「隣にきなさいよ。」「手、つなごうよ」。言えない。歩く速さもおとせない。


「美咲。まってよ。」


小走りに隣に追いついた真奈美。私の手を掴んだ。

柔らかい。ちっこい真奈美。中学生で成長が止まっている。私は今でも身長が伸びている。私の大きな手の中に。


真奈美の手がある。

柔らかい。温かい。


「なに?この前のジュース代なら返さない。チビっ子に返す金はないの。」


「返してよ。でね。田中くんが今度さ、一緒にカラオケに行かないかって。」


「いいじゃない。田中はかっこいーじゃん。」


「美咲も一緒に来ないかなって…。」


「嫌よ。音痴なの。」


手が離れた。そのままでよかったのに。いつもそうだ。握り返したいのに、握り返せない。

立ち止まってしまった。カラオケの話、「いいよ」っていえばよかった。


「何してるの美咲。忘れ物?」


手に汗かいてる。ポケットに手を突っ込んだ。


「それ、やめたら。ポケットに手を入れるの。みっともない。」


「いいんだよ。私は”みっともない”ひとなんだ。」


「美咲は”みっともない”人じゃなくて。お金を返さない人”だよ。」


笑った。真奈美が笑った。ずっと見ていたい。でも見てられない。赤くなってたら恥ずかしい。スマホを取り出して前髪を直す振りをしてしのごう。


「それもやなよ。歩きスマホ。危ないしみっともない。」


私にケチをつける時には、いつも”みっともない”だ。

深呼吸してスマホを仕舞い込んだ。真奈美の頭をぐりぐりしてやる。


「いや!もー、やめて!」


「”ごめんなさい”と言え。”美咲様ごめんなさい”だ。」


こうすれば、私を見せないで済む。ピンチの時はこれにかぎる。真奈美に触っていられる。あ、こいつシャンプー変えたな。

でも、何回も使える技じゃない。本当に怒る。そしたら三日は無視される。


「髪、ぐしゃぐしゃ。整えてよ。」


「は?」


いつもと違う。ちびっ子が私を見上げて怒ってる。でもなんだ?目がうるうるしてる。

やり過ぎたか?カラオケに行かないって言った事か?金を返さなかった事か?


いかん。これはいかん。三日じゃすまされないかも。

ぐしゃぐしゃになった髪を手で梳いてやる。黒くてさらさらで、ずっと触っていたい。伸ばせばもっと可愛くなるって言いたい。


半歩近づいて、真奈美に顔を近づけて前髪を整えてやる。


目。大きいな。くりくりしてる。

まつげ。長いな。

肌。綺麗だな。


あと一歩。踏み出したい。近づけば唇に触れられる。柔らかそうだな。触ったら抱きしめたい。でも髪が整ってしまった。


「美咲…。目、閉じてくれる?」


「え?あ、うん。」


唇に柔らかな感触がした。甘い香り。リップの香りがする。

柔らかい。暖かい。私がしたかった事。叶った。嬉しい。なのに、真奈美を押しのけてしまった。


びっくりした。すぐに顔を隠した。幸せだ。真奈美にキスされたんだ。キスだ。これはキスなんだ。

でも恥ずかしい。私の顔を見られたくない。きっと真っ赤だ。すごい真っ赤だ。


両袖で顔を覆うしかない。見るな。恥ずかしい。あ、涙出てきた。止まらない。袖で拭いても止まらない追いつかない。


「うー。うー。」


変な声が出てきた。真奈美になんか言ってやろうとしたけど。止まんない。恥ずかしい。もっと袖で口もふさがなきゃ。心臓がばくばくいってる。


胸の中に温かいのが飛び込んできた。真奈美だ。私を抱きしめてる。細い腕を背中にまわしてる。鼻水でてきた。


「ごめん。泣くとか思ってなかった。ごめん。」


鼻水すする。涙が止まらない。


「ごめん。初めてだった?女の子同士だから、今のは無し。無しだよ。もう泣かないでよ。美咲…。」


ちびっ子が力いっぱいギュッとしてきた。私もギュってしたい。でもできない。

私も好きだって思われたくない。なんでだろ。ずっと好きだったのに。


顔を見られたくない。顔を上げられない。真奈美が背伸びして頭を”なでなで”してる。


「よしよし。もう泣かないで。」


また涙が出てきた。もうだめだ。”なでなで”要らない。もうやめて。涙が出過ぎて多分死ぬ。絶対死ぬ。真奈美の手をはらった。どうしていいか分からない。もうしゃがみこむしか無い。


「あっちいってよ!もー!あっちいってよ!馬鹿!」


やっと言葉が出た。でもまた「うー」が出てきた。なんだよ「うー」って。


「美咲。」


まだ真奈美がいる。こいつ、私が泣き止むまでいる気だ。こんな優しいところが好きなんだよ。可愛いし。


「はー、はー、もういいって。泣いてない。」


息が荒れてる。真奈美に顔を見られように立ち上がったけど、声が震える。袖がびしょびしょだ。ハンカチどこだっけ。


真奈美がハンカチを出してきた。なに、そのちっちゃいハンカチ。受け取ったら、また泣いちゃう。


おもわず、真奈美の手を払った。ハンカチが地面に落ちた。


「もういいよ。はー、はー。もう泣いてないから。だから、あっち行けって。」


落ち着いてきたら、鼻をすする音がした。ちらっと見たら真奈美が泣いてる。


「ごめん。美咲。どうしていいか分からなかったの。なんか、今しかないって思った。いま、しなかったらずっとできないって思って。やっぱ嫌だったよね。女の子同士って変だよね。」


また涙出てきた。真奈美も同じ気持ちだったんだ。だったら、もっと早く告白しとけばよかった。真奈美に負けた感じがする。腹たつわ。


真奈美に顔を見られないように、頭をチョップ。またチョップした。でも反応がない。こいつ、まだ泣いてる。ちょと怒っていいんだぞ。


二人で泣いてる。


誰かに見られてたらなんて思うだろう。

やっと落ち着いてきた。真奈美のおおきな目から、涙が頬を伝ってる。綺麗な肌から一筋に流れてる。


綺麗だ。


なんで私がぐしゃぐしゃなんだよ。お前だけ綺麗に泣いて。チョップだ。泣き止めよ。

涙を拭いてやらなきゃ。ハンカチどこだっけ。足元にあったわ。これ使おう。


「泣くなよ。ほら。」


「それ、美咲が叩き地面に落としたやつだよ。」


「うるさい。お前のだろ。」


二人とも何とか泣き止んで、落ち着いた。

改めて見つめ合うと恥ずかしい。だけど、真奈美は真っすぐに私を見てる。私も負けずに目をそらさない。急に真奈美が目をそらした。


「あのね。ずっと好きだった。友達だからって思ってた。美咲のこと、考えると胸が苦しくなって。眠れなくなった。」


「…。」


「違うって気づいた。友達じゃない”好き”なんだって。そう思ったら、もっと苦しくて。伝えたかったけど、嫌われたらどうしようって。女の子同士だよ。」


「いいよ別に。真奈美の事、嫌いじゃないし。私もちょっと、友達以上かなって思ってたし。」


ああ、ついに言ってしまった。真奈美が泣きそうになってる。笑顔でくしゃくしゃになろうとしてる。ほっとした顔だ。


「本当?嫌いにならない?本当?」


「本当だよ。だから、もう泣くな。ハンカチ、ぐしょぐしょだし。私も好きなんだよ。だから、もう泣かなくってもいいんだよ。」


何回も言わせるな。こっちがまた泣きそうになったよ。あー、何やってるんだろ。2人で。


見つめ合ってる。くりくりした目がこっち見てる。なんか期待してる目だ。

沈黙に耐えられない、可愛い、好きな真奈美とおしゃべりしたい。


「真奈美はさ、私の事、いつから好きだったの?」


思わず聞いた。


「中学の時から。背、高かったし、綺麗だったし、美人だったし。バレー部でかっこよかった。」


「ああ、そう。」


すらすら答えやがって。


「美咲はいつから?」


「最近…。」


言いたい。同じ中学からだよ。可愛いし、くりくりして、ちょろちょろして。どんくさいとことか…。あんまり友達いなかったから、一緒にいてくれて嬉しかった。


「そうなんだ。」


残念そうな顔すんなよ。悪かったよ。言えないんだよ。私ってそういう人間なんだよ。察しろよ。


また沈黙だ。どうしよう。なんか話題ないかな。


「暗くなってきた。帰ろう。」


真奈美が手を引いてくれた。小さな手のくせして、私の手を握ってる。私の前を歩いてる。好きな真奈美の背中だ。ちっちゃい背中だ。初めて見た。立ち止まってしまった。


「どうしたの?泣いてる?」


「…ちょっと。」


思わず正直に答えてしまった。いまなら何でも答えてしまう。真奈美が立ち止まった。なにか、悪いことしたみたいな顔してる。


「もっとひっぱれよ。泣き疲れたわ。泣いたのはお前のせいだからな。ちびっ子。」


真奈美が笑った。


「泣き虫。」


***


「美咲、一緒に帰ろう。」


「ああ、ちょっとまって。すぐ行く。」


我慢してる笑いが聞こえてきた。隣の結衣だ。こいつは勘が鋭い。


「あらあら、何かあったんですね。」


「あ?なんだよ?」


「いつもは、あんたが真奈美を呼んで、真奈美が”一緒に帰るって”言うじゃない。」


何も言わないでおこう。やっぱり結衣は勘がいい。気取らてはいけない。結衣の顔を見ないでおこう。

どうした。なにも言わなくなったな。横目でみた。結衣がにやけてる。


「告白しましたか。違うな。告白されたんだね。」


こいつ。なんてことを言うんだ。やっぱり勘がいい。

シャーペンで首を刺しておこう。口がきけないようにしておかないと。


「すいません。美咲さん。もう聞きません。」


さて口封じてきた。真奈美と帰るか。ゆっくり歩いて三十分か。もっとゆっくり歩こう。ちびっ子に合わせればいいんだ。なに話そうかな。私のこと、好きになった理由の続きがいいな。しかし、結衣の奴、なんで告白とかいきなり言い出したんだ。


「結衣はなんで…、なんで…このことに気づいたのよ?」


「あんた馬鹿じゃない?みんな知ってるわよ。バレてないと思ってた?美咲が真奈美のこと好きなこと。真奈美も美咲のこと好き。みんなで噂してたんだよ。いつ、”禁断の恋”が始まるのかって。」


恥ずかしい!恥ずかしすぎる!本当かよ!


「美咲。まだ?」


真奈美がひょっこり顔をだした。


「外で待ってろ。」

引っ込んでろ。いま、それどころじゃないんだよ。


「…。わかった。泣き虫。」


あいつ、言いやがった。結衣に聞こえるじゃん。

結衣のやつ、にやにやしやがって。


「泣いたんだ。嬉しかった?これはウケるわ!クールな美咲様が泣いちゃったか!」


こいつ。殺す。


「ほらほら、怒られるよ。泣き虫の美咲ちゃん。顔が真っ赤だよ。」


逃げよう。結衣は明日、始末しよう。あー、そんなに赤いのかな。耳まで熱い。真っ赤なはずだ。下をむいて歩くか。


「泣き虫。」


真奈美が待ってた。


「おまえ、それ、学校でいうなよ。」


「学校以外ならいいの?」


真奈美が手をつないできた。小さな手。柔らかくて、温かい。


「いいけど…。いや、だめだ。」


真奈美が手を引いた。小走りになって私を引っ張る。


「泣き虫。」


笑顔で真奈美が言う。顔が熱くなる。下向いて顔を隠したい。でも、真奈美の笑顔を見てたい。


だから、前をみつづけた。

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