第34話
「そちらにそちらの都合がある様に、こちらにもこちらの都合があります。それを無視して強要するのは、こちらを下に見ているせいだと思うのですが、どうして公務員である警察官が私を見下す様な真似をするのでしょうか?」
余りにも強い語気に本当に主が言っている言葉なのか、目の前で主が話しているのでなければとても信じられない。いや、見ていても自分の目を疑う状況だ。
「私が札幌に戻るのは明日の夜なので、もしも行く気があったとしてもそちらに行くのは明後日の朝以降です。それでは私は、これからゆっくりと温泉につかって温まってから眠りますので失礼します」
凛々しいまでに自分の考えを貫いた主の姿に、我は我は……感動した! 感無量です。
「ふぇ~~」
主は頭の天辺からプシューッと何かが抜けていく音が聞こえたような気がしたと思ったのと同時に、身体から力が抜けてふにゃりと床に崩れ落ちる。
『大丈夫ですか!』
駆け寄る我に、疲れ切った……しかしやり遂げ達成感に満ちた笑顔で『言ってやったよモモちゃん。ボッチだって出来るんだよ』
『あ、あるじぃぃぃぃ!』
強く御なりになって……涙が。
『電話だから言えた……面と向かっていたら土下座したかもしれないよ……』
『え、主ぃ?』
気付くと主は身体をブルブルと震わせていた。
『だって何か凄く上から目線で腹が立ったの、旅行中だと言ってるのに、どうして協力しないんだとか言い出すし、ここで引いたら負けかなって』
それは何処のニートですか? 主、貴女はボッチです。それがアイデンティティーでしょう。
要するにボッチ由来の気の弱さから、追い詰められてストレスが限界に達した場合に反撃が過剰になるという、良くあるパターンなのだろう。
だが、それは主に限界以上のストレスを与えたという事だ。
『主、先ほどの電話の会話を録音したものを聴かせて頂けますか?』
『うん、良いけどどうするの?』
『さて、どうしましょうね? それは録音内容を聴いて、しっかりと一字一句精査した上で決めようと思います』
『もしかしてモモちゃん……おこなの?』
『主、慣れないネットスラングは止めましょう。おこなの? は怒ってる相手を煽る目的で使われます。また【おこ】には馬鹿という意味もあるので、相手を馬鹿にする意味でも使われますよ』
主が、おこの使い方も良く分かってない事にほっとする。ボッチのネット番長という悍ましい結末を迎えたらと思うだけで心臓が痛い。
まあ、我も若い頃は、どんなネット番長も発言内容から矛盾を突き付け、自称【国際線パイロット】【F1パイロット】【弁護士】【某テレビ局のプロデューサー】【投資家】【医者】【一流シェフ】等々を否定し、主張する内容も反論出来ないほどに駄目出し攻撃を浴びせて、十五分以内に掲示板から逃走させる遊びに、無駄な時間を費やしていたものだ……本当に無駄だった。
自分が大人になって気付く、相手を否定して傷付ける技術なんかよりも、相手を喜ばせたり、安心させる話術を磨くべきだったと。
今思い出しても恥ずかしくて死にたくなる……異世界では凄く役に立ったけど、本当にあっちは世界は地獄だぜ。
そんな世界から、こっちで主に優しくされてコロっといってしまったのは仕方がない事だろう。我以外だってそうなるに違いない。
『ごめんね、私ネット関係はあまり知らなくて、でも、オコなの? って可愛いから一度使ってみたかったの』
ああ、もう可愛いのは主だよ!
録音された通話内容を確認する。
「こちら北海道警札幌方面東警察署の五本木です。そちらは高坂真樹で間違いないですか?」
さん付けしろよ。糞警官が!
横柄な態度。そして自分の部署すら言ってない。
態度は普通に悪い。そして部署を言わないのは我も経験がある。
とある殺人事件で、聞き込みに来た刑事なんだろうけど、自分が居る警察署と名前しか口にしなかった。
そして意味不明な質問しかしない。その時住んでいた場所から直線距離で400m程離れた場所で起きた事件について訊かれたのだが、殺人事件の件でとも告げず、突然被害者の名前を出して、ご存じですか? というのだが、こちらとしては例の殺人事件の件ですか? 先ほどの名前は被害者の事だと思うんですが、そもそもその被害者の名前も初めて知ったので、要領よく質問して貰えますか? と注意すると、近所のスーパーで出会ってるかもしれないですよね? と言い出す始末。
スーパーで出会っただけの人に名前を尋ねるんですか? しかも全員に。普通に不審者ですよね? それに顔だっていちいち憶えませんよ。
こんな風に答えようがない実に無意味な応答をさせられる。
これが寂れた田舎の町なら通用するだろうが、札幌の住宅地で半径400m以内に一体何件の家があり、どれだけの人が住んでいるのかも分かってない馬鹿なのか、俺を犯人と疑っているのではないかと勘ぐるべきか、それとも警察官人生初めての殺人事件に舞い上がて意味不明な聞き込みをしているのか分からないが、とにかく人生でもかなり上位の無駄な時間だった記憶がある。
実質三百年以上前の記憶が、これだけ鮮明に残っているのだから、本当に無駄で不愉快だったのだろう。
「二月二十一日の朝の事故の件で訊きたい事があるんですが」
主は自分が馬鹿共が乗る二台の車に煽り運転されたとしか認識していない。
事故見分をしているのだから、周囲の監視カメラ等で主が事故とは無関係どころか事故自体を認識していない事くらい分かる筈なので、全部分かってて言ってるという事である。
つまり、この警官は交通課ではない。交通課ならこんなまどろっこしい真似をするはずがない。要するに刑事って事だろう。
連中が車内に主を拉致して換金する為のロープとか手錠を積んでいたのだろう
「つまり事故については認識していないという事か?」
当たり前だボケが、事か? じゃねえ、事でしょうか? だろうが。
「貴女が左折して、煽り運転していた車は直進して行ったと。その時に前の車はウィンカーを左に出していたと。後ろの車のウィンカーはどうでした?」
やはりこの馬鹿な質問は、こちらを怒らせて何かを聞き出そうとする為だな。
『見てない? どうして後ろの車のウィンカーは確認していないんですか?』
もしかしてこいつは、後ろの車のウィンカーを確認していたと言ったら、脇見運転として減点したいのか? そうだとしても主が否定してるんだから、更に突っ込んで訊いてくる意味が分からない。
この後、主が煽りを始める。この無駄な時間にイラついてきたんだろう。
『あんたね、そういう態度をとっていると、こっちも相応の対応をする事になるよ』
ああ、それ脅迫です。
煽ってはいるが主の発言自体に問題はないし、それに対して怒ったからといって、相応の対応とかを警察官にはする権利はない。
これが警察官としての職分の範疇で何らかの対応をすると告げるのなら脅迫にはならないが、主の態度に文句をつけて報復する権利など警察官にはないのでアウトで、脅迫罪に問う事が出来る。
主がこの会話のデータと共に訴え出れば、警察が身内を庇うという常套手段を使わない限り脅迫罪と送検される可能性もある。
まあ警察が常套手段を使ったとしても我が必ず警察の不祥事としてやるさ。主をあんた呼ばわりしたんだからな絶対に許さない!
『それでは明日の朝、九時くらいに、東警察署に来てもらう』
基本的に事故などの目撃情報の証言は善意の協力であり、協力をしても謝礼金は出ない反面、証言者側は不利益を被ってまで協力する義務はなく拒否も可能。
これが事故の関係者であったのなら話は別だが、あの二台との接触は一切なく、左折して離れた後で雪山に突っ込んだので、関係者と言うには弱い。そうなる様に我がした。
『旅行? 今からでも札幌に戻って、明日の朝に東警察署に来るようにして貰う』
こいつは実に不愉快だわ。仕事で仕方なくじゃなくて、こいつの性癖に合致した職業に天職だと嬉々としてやってるタイプだな。
だが既に警察官としての職分の範疇を超えた以上は、お仕置が必要だよね……お前には言われたくないと言われても仕方が無いアウトローのエゾモモンガです。
という訳で、主が寝静まったのを確認してホテルを抜け出す。
『今夜は徹夜でオールナイト! 夜を徹して眠るのもある意味徹夜だ!!』
自分でも変になっている自覚はある。
エゾモモンガは夜行性だから夜が絶好調。普段は主に合わせて少し無理して昼行性をやってるので久しぶりの夜のミッションにテンションが上がりっぱなしだ。
もう徹夜したくらいで泣き言を抜かしていた坊やだった頃の我とは違うのだよ!
少し窓を開けて、外から閉めて鍵も掛けると、そのままホテルの外壁を登り屋上を目指す。
この登るというのも、最近はあまりする機会が無くて楽しい……主にキャットタワーでもお願いしようかな?
そして、屋上の一番高い場所からジャンプする。
被膜が空気を捕らえる感触はエゾモモンガとしての本能をくすぐってくれる。
まさにヒャッハーーーー! って感じだ。
流石に時間は有限なので、お洒落な街灯の上に着地と同時に蹴って跳躍し【飛行】で一気に上空へと上る。
高度は800m程を維持して音速を突破だ。普段は主と一緒だから控えていたが、この小さなエゾモモンガの身体なら、音速突破時の衝撃波もかなり軽減されるので大丈夫だろう。
150kmの距離を7分間飛行して目標の東警察署の屋上に到着。
外壁に沿って降りながら、暗くなっている窓を見つけて、そこから【念動】で外から鍵を開けて中に侵入。
チョロいぜ警察のセキュリティ。まあ我の様なチートを前に大丈夫なセキュリティはそんなにないと思う。
我が侵入した部屋は生活安全課。正直どういう仕事をするのか良く分からない。
刑事ドラマなら、何かやらかして左遷される部署と言うイメージと、市民からの苦情や相談を聞く部署で、その他には朝に部署の全員が集まる日勤であり、進入口としては悪くない部署だった。
しかし我の警察知識のソースの大部分が刑事ドラマだからあてにはならない。
刑事ドラマ自体、脚本家が警察組織を知らないというか、警察組織について調べる事無く、他の刑事ドラマを見て得た知識で脚本を書いてる感じがするからな。
特に刑事ドラマで気になるのは、若い刑事が自分より年齢も階級も上の警察官に滅茶苦茶横柄な態度で接するのはありえないと思う。
生活安全課の部屋から廊下に出る。廊下がかなり暗いのが助かる。
とりあえず刑事課を探す。二十四時間体制とはいえ深夜になると署に残っている職員の数は少ないので、【隠形】と【念動】の視点位置移動を使うと発見されるリスク無し状態で署内を探し回る。
おっさんと若い男の刑事が、廊下の角の向こうから歩いて来るのを確認し、給湯室に逃げ込む。
「ったく奴等は何も話さないなわ、関係者の小娘は糞生意気だわ。やってられねえな」
「五本木さん、昼間も病院で怒鳴って課長から叱られたんだから、勘弁して下さいよ」
「うるせい! 連中はあの小娘を狙っていた。拉致まで企んでるやがる。餓鬼の悪戯レベルじゃねえぞ。絶対に奴等には背後がある」
「まあ、そうですね」
「だというのに、あの小娘ぇぇぇぇ!」
えっ? 口も態度も悪いが実は良い人ってパターン?
……ま、まあそれは杞憂だよ。我が傍にいる限り主の安全は完璧だ。
…………あ、あれ? 今我は札幌。主は帯広……全然傍にいないじゃないか!!!
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