第24話
十一月最終日の日曜日、テレビの天気予報では十二月の第一週の末には初雪の可能性が高いと伝えている。
それを見て、何か忘れているような気がする。
天気予報に、そして初雪……
『あっ! 主。バイクの冬季保管サービスは申し込んでいますか?』
『えっ? それって何?』
『バイクの乗れない冬の期間にバイクを屋内で保管してくれるサービスですよ』
『今のマンションの駐輪場に停められないの?』
『バイク用のカバーを使えば、直接雪がバイクに積もらないようにする事も出来ますが、例年の冬の駐車場はどんな状態になっていましたか』
『結構な吹き溜まり状態で、雪が私の身長より上まで積もってたと思う』
……それは駄目だな。
『それならば冬季保管サービスをしているお店に頼んだ方が良いと思います。一シーズンの料金は、原付の場合は一万円から高くても二万円以内で、屋根も壁もあるガレージ内での保管料の他に洗車やバッテリーの充電、点検などの費用も含まれている場合があるので、確認しておくべきです。今からで間に合うかどうかわかりませんけど、ああ、カブを買ったショップに確認してみるのも良いと思います……そもそもショップから電話やはがきで連絡ありませんでしたか?』
『えっ知らないよ』
『それなら、そのショップでは冬季保管サービスはやってないと思います』
やってて連絡が無いならば、そんなショップとは縁切りした方が良いだろう。
『どうしよう?』
『札幌市内で、お勧めの店をチェックして、近場や駅近の店を中心に連絡を取りましょう』
預けに行く時と引き取りに行く時に、ガレージにまで行かなければならないので、そこへ行く交通の便が悪いのなら、多少料金が千円や二千円安くてもメリットにならない。
『うん、お願いね』
幸いな事に歩いて行ける距離に冬季保管サービスをやってる店があったので、主に電話番号を伝えると、運良くそこで引き受けて貰えた。
『でも春までバイク乗れなくて寂しいというか、移動が大変だな~』
『バイクは便利ですからね』
主の住んでる学生向けのマンションから工学部のある校舎までは少しあるので、微妙に近いのでバスを使うほどでもなければ、信号も多くて歩くには少し面倒な距離であるのでその気持ちは分からないでもない。
移動手段としてカブが便利過ぎて、その恩恵に慣れ切っていた主には、今更カブに乗る前の生活に戻れと言われても不満に思うのは仕方がないだろう。
『それなら車を買うという選択はどうでしょう?』
『車か~』
『競馬で稼いだ利益も百万円の大台を軽く超えていますし、中古の軽なら買えない事も無いと思いますが?』
『でも近くに空いてる駐車場があるかも分からないし、それに駐車場代も高いよ』
『東区の創成川東側の月極駐車場となると一万円前後から駐車場はありますが』
『……思ってたより安い。結構大学や地下鉄駅とも近くて、街中にも何なら歩いて行けるな~と思って、ここに決めたのに余り人気がない場所だったの?』
『確かに創成川を挟んで西側に行くと駐車場代は少し上がるようですが、この辺は南北線だけでなく東豊線も走っていて東豊線にはむしろこちら側が近いので、この程度の価格差に収まっているのでしょう』
ちなみに地下鉄としての人気は南北線に軍配が上がる、便数に違いはほとんどないが、問題は南北線が一番古い地下鉄路線であり、南北線・東西線・東豊線の三路線が乗り入れる札幌中心部は、一番古い南北線に合わせて街づくりされていると考えて良いので、その分後発の東西線はある程度割を食うことになるし、更に後発の東豊線は三路線の駅である大通り駅では一番地下深くを通るので間違いなく利便性は悪いし乗り換えは距離もあるし分かりづらくて面倒だ。
ちなみに、ほとんど南北線しか乗った事がなかった前々世の我が、初めての東西線から東豊線への乗り換えをギリギリの時間で行う高難易度のミッションに挑戦して、見事に失敗し遅刻した苦い思い出がある。
『それから主、この辺りは札幌の中心部に近くて利便性も良いかもしれませんが、あくまでも学生街です。住人に占める学生が多い以上は、価格設定も相応に低くなるかと』
『確かにそうよね……流石モモちゃん伊達に三百年以上生きて無いよ』
『そして主は、車を買う事にあまり乗り気ではないですね』
『……うん、競馬のお金は私自身が稼いだお金じゃないから、分相応の暮らしをするべきだと思うの』
『我はこんなにも主に、生きていく上での選択肢の幅を、金銭の問題で狭める事のない生活をして欲しいのにぃ~!』
『……モモちゃんって、私自身がしっかりとしていないと駄目人間にしてしまうタイプだよね』
確かにその傾向は無いとは言えない。
『ご安心下さい。例え主がダメ人間になっても幸せに生きて行ける環境を整えるのが我の役目です』
『ああっ酷過ぎる。私を駄目人間にする前提だなんて!』
『主がしっかりしていれば何の問題もありません』
『モモちゃん、全然改める気がないでしょ!』
我はこうやって、主に悪戯を仕掛けて気を惹く事も優秀なペットとして大事な仕事であると思う。
まあ、自動車はその内に必要になるだろうから、それまでに公に使うことの出来るクリーンなお金を増やして、主が乗りたいと思う車をキャッシュで購入出来るようにしなくてはならない。
『モモちゃん。やっぱり車買おうか?』
そんな事を言い出したのは週末の土曜日の事だった。あれからまだ一週間も経っていない……手のひらを返すには早過ぎる。
『主よ。全然しっかりしてないじゃないですか?』
流石に我もびっくりだ。
『だって、やっぱり冬にちょっと遠くまでお出かけするには車があった方が便利だなっと思ったんだよ』
『つまり、どこか行きたい場所があるんですね?』
『……はい』
主が行きたい場所か……夜空を見たいのではないだろう。それに関しては時々主に頼まれて遠出している。
そういえば主の趣向が良く分からない。星関係とザクとスコープドッグのタコ系ロボが好きな事くらいしか知らない。
これは由々しき事態だ。お仕えする主の趣向を知らないなんて我とした事が何たる様か。
既に半年以上も一緒に暮らしていながら何をやってきたんだ! 自分の不甲斐無さに怒りを通り越して呆れてしまう。
思い出せ、そして考えろ。主の嗜好は主と共にあった我の記憶と、常に主が何を求めているのか考え抜いてきた我の思考の先に必ずあるはずだ……それは!
『寒いからモモちゃんと温泉巡りがしたいの』
……えっ、今それを言っちゃうんですか? そうなんだ……へぇ~。
『具体的に生きたい温泉は決まっているのですか?』
思うところは多々あるも、その全てを腹の中に収めると主のペットとしての役目を果たすべく温泉、車で遠出する事を考えると温泉旅館が良いだろうと、主からも情報を引き出す。
『十勝川温泉なんかが良いかな? って思うの』
何だろう「かな? って思う」と言う言葉に違和感を覚える。どうして「行きたい」では無いのだろう。
一週間も経たずに意見を翻すには、当然強い動機がある訳で「行きたい」となるのが普通だ。
思い出せ。今週の日曜日から今日までの行動を、そして考えろ。情報の中から必要な情報を得るための絞り込み条件を導き出す為に状況を絞り込め。 突然の気変わりのトリガーは何か? 友人から情報……それはない。主はボッチだ。バイト仲間? バイトの職場には主をイジメる様な不届きな連中はいないが、それでも主はどうしようもなくボッチなんだ。もっと打ち解けようと努力する善良なるバイト仲間の方々には、主のペットとして謝りたいくらいだ。
つまり、情報はネットかテレビか、雑誌などの紙メディアという事になる。他に可能性が無い訳ではないが、それは絞り込んだ情報の中に見つからなかった場合に考えるべきで、現段階では無視するべきだし、そもそも無視する様な情報の中にあったとしても絞り込む条件が現状では全く分からない。
ネット情報に関しては、検索履歴をチェックすれば分かるので後回しで良いだろう。
次は紙メディアだが新聞は取ってない。旅行情報誌等は購読している形跡はない。無料のタウン誌が毎月郵便受けに投函されているが、この地域で配布されているのは札幌の北区と東区エリアの情報だけなので、今回の件には関係あるとは思えない。
そしてテレビか……朝夕の北海道ローカル局の情報番組は主は見ていない。むしろ我の方が情報収集の一環として毎回チェックしているくらいだ。
金曜日ゴールデンタイムに放送している北海道出身のお笑いコンビの番組はほぼ札幌で、ごくたまに札幌近郊でロケをするくらいだから、これも関係ない。
土曜の夕方に北海道の観光名所を中心に温泉とグルメを柱にした情報番組があったが、帯広か……確かにやってたけど、温泉じゃなくグルメと冬のばんえい競馬だったよな……?
何か凄く単純に真相に辿り着いてしまった。チョロ過ぎてあの覚悟は何だったんだろうと思うと恥ずかしい。
『つまり、ばんえい競馬も観てみたく、十勝のグルメも楽しみたいってことですね』
ちなみに帯広にも小さくはないプラネタリウムがある。リニューアルしてからそれほど経ってないのでチェックはしていたが、施設名が児童会館であり、プログラムが子供向けなので除外した。主が行きたいというのなら行ってみるのも良いと思うが我からは、やっぱり勧めないな。
『えっ! どうして分かったの?』
『どうして分からないと思ったんですか! 我は主が嘘を言ってる事が分かったので、その嘘に隠された真相を考えましたが、簡単過ぎてビックリでガッカリですよ!』
『怒るくらい簡単なの?』
『良いですか主。普通一週間で意見を変えるには、それ相応の理由があります。そしてそれは「十勝川温泉なんかが良いかな? って思うの」みたいなふんわりとした理由ではありません。もっと明確な理由の筈です』
『モモちゃん細かい所を気にしすぎ!』
主にそう言われるのなら、今後は気付かないふりをしながらフォローしよう。だが主の為を思うなら、その都度指摘した方が良いのではないだろうか?
だが我は主の母親ではないどころか、娘はおろか子供がいた事も無いので、合理的な判断の下での指摘ならば出来るが、年頃の女性の精神面を考慮しての指摘とか……はっきり言って無理。
情緒とか感傷とか人として大切な何かには自信ありません。
まあ、結局のところ車は買う事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます