第19話
その時、我の頭に閃きが走る。
『……ああ、バイトの関係者へのお土産ですね?』
『えっ!』
『……えっ? 違いましたか?』
『違うよ。私とモモちゃんへのお土産だよ』
ヤバイ。主は人間関係スタンドアローンで、想像を超えてキングボッチーだった。
『ご家族へのお土産は?』
『うん、それは結局は私とモモちゃんへのお土産になっちゃうんだよね。食べ物関係は』
『?』
意味が分からなくて首を傾げる。
『高坂家の墓がある墓地の規約で、食べ物はお供えした後に持ち帰るの……はっきり言うと、私の両親は大学一年目の秋に交通事故でね』
それは余りにもあっさりとした口調ではあったが、その胸の内が平静であったはずがない。
『それは……配慮が無く申し訳ありませんでした』
『だってモモちゃんは知らなかったんだし、知らなかったのは私が話してないからだからね』
諭すように告げるが、我は考えが足りなかったのだ。
『主はご両親の事を話題にもしていなかった。我がただのエゾモモンガとして暮らしていた時でさえも、それは本当に悲しく辛かったからではないでしょうか?』
『そうだね。確かに思い出すのが辛かったから、お父さんとお母さんが死んだ事を忘れようとしていた。二人が実家で今も暮らしている……そう思い込もうとしていたのね』
その顔は悲しみの痛みに歪む。
『主……』
『でも、そんな私にもモモちゃんと言う新しい家族が出来て、それからこうやって話も出来るようになって……だから、こうして両親の事を話していても、悲しいけれど以前ほどつらくないのは、絶対にモモちゃんが居てくれるおかげだよ』
感激の余り、我は主の肩に四つの脚でしがみついていた。
『我はこの命ある限り主と共にあります。その為に一日でも長生きするように努力します』
『……えっ? モモちゃんの方が長生きするんじゃないの? 見た目はモモンガだけど龍なんだよね』
『主、我は見た目も中身も肉体はモモンガですよ』
『ヒグマを消滅させるとか言うモモンガなんて居ないよ』
『それは龍としての力を何故か継承して転生したからで……まあ転生だって何故かの領域ですが』
『それ以外にも草食のエゾモモンガなのに、お肉を食べて平気だよね。それだけでも普通のエゾモモンガじゃないと思う』
『それを言われると否定出来ませんが、我は楽観的では無いので最悪を想定して行動します。最初から我が主を残して死んでしまう事を前提に、自分が死ぬ前にしておくべき事を済ませて置かなければ死ぬにも死ねません』
『私は自分が死ぬ時はモモちゃんに看取って貰うつもりだから、その為にも私より先に死なないでね』
そんな事を言われたら、主より先に死ぬわけにはいかないだろう。
しかし我の寿命がエゾモモンガ程度しかないとするならば、これは正にミッションインポッシブルだ。しかしとても遣り甲斐のあるミッションだ。
『分かりました主と主の子孫達を守り続けるくらい長生きして見せます』
『子孫……えっ? それはちょっと無理だったらごめんね』
『えっ!?』
『えっ、じゃないよ。じゃあモモちゃん三百歳以上だけど結婚して子供いたの?』
『いませんでしたが……』
『ほら、モモちゃんが三百歳越えても結婚出来なかったんだから、私が結婚出来なくても、子供を産まなくてもおかしくないよね!』
ね! じゃないですよ主。
『我は人間でいうところの十代後半だと以前に説明をしましたよね? それに龍が伴侶を迎えるのは大体四百歳以降で、一般的には五百歳前後なので、我が結婚してないのはむしろ当たり前です』
我の容赦ない正論の前に主は力なく膝から崩れ落ちた。
これは主には致命的だと思ったので、肯定的な意見も述べておくことにした。
『主は、ボッチ以外はマイナス要素は無いと思うので番の相手なんて選び放題だと思うのですが?』
『モモちゃん……他人の関わる事に関してボッチは致命傷よ。これ以上はこの場でモモちゃんに看取られる事になるから許して』
全然ミッションインポッシブルじゃない気がしてきた。
稚内土産は、ネットで検索した土産ランキングの上位を購入した。
一位の冷凍焼きプリンは、主が溶けるから止め居ようとしていたが【インベントリ】の中では溶けないから大丈夫と言って購入して貰った。
我はランキングには弱い方なんで。
二位のホワイトチョコレートでコーティングされたスポンジケーキは、実は前々世で親戚から貰って食べた事があり、余りホワイトチョコレートが好きではない我でも甘過ぎず食べられ、しっとりとしたスポンジケーキとの相性が良く美味しかったことを三百年越しに憶えていたのでお勧めした。
三位のホタテのヒモの揚げ菓子は、この説明だけも旨そうだと思ったので、即購入を申し出た……どう考えても不味くなる理由が無い。
四位のロールケーキは主が即買い。
ランキングはまだ続いたが、美味しい牛乳系は、無加熱無殺菌の牛乳なども飲んだ事はあるが、一般的に牛乳の味と感じるのは殺菌時の過熱によるタンパク質等の変化の過程で出た匂いであり、それが無いと実に味気なく感じてしまう。まあ全般的に美味しいけど値段も高いので旅先で飲んでおいしいと思うものであって、家に戻ってまで飲むものではないと主と意見が一致した。
『旅の思い出となるお土産って何かな?』
とりあえずお土産の食べ物枠が埋まったところで、思い出とか言い出しましたよ。
記憶を頭の中で劣化無しに高画質・高音質でで再生出来る我にとって、旅の思い出と言われてもねぇ~って感じなので何となくこう言ってしまう。
『ああ、ペナントですか?』
『ペナント?』
やばい。異世界で龍やってたはずの我の口から、何で旅の思い出でペナントが出て来るんだよ?
そもそも人間だった頃の三十五歳の我だってでペナントなんて知らない世代だ。そして主は二十歳。ペナントなんて言われたら疑問に思っても当然だ。そうなれば自分が知らあいこの世界の事を我を知っている事に疑いを持つだろう。
『ネットで調べていたら、旅の思い出に写真と出てきて、カメラを手に入れたんですが、他にも旅の思い出と調べたらペナントと言うのが出てきました。ペナントとは本来軍関連で使われる三角形の旗の事を指すそうです』
『私のスマホの履歴にそんなの調べた形跡はないけど、またネットカフェに行ったのね』
そう、我は主に知られたくない調べ物に関しては未だに深夜のネットカフェで、寝ている客の部屋のPCを使わせてもらい、お礼に財布に三万円を入れている。 一部の客の間ではネカフェの妖精と呼ばれているとかいないとか。
しかし、この件で警察が動くはずが無い、いや動く事は出来ない。
財布の中に突然三万円が増えてて、それを馬鹿正直に警察に申し出て証拠品として三万円を押収されたい者など居ないからだ、だからネカフェの妖精はネット上の都市伝説としてのみ存在し続けるだろう……いい加減自粛した方が良いだろか?
『私に知られたくないから、ネットカフェに行くんだよね? 悲しいなモモちゃんに隠し事されるなんて』
これに対して『我は必要であるなら汚れ仕事も厭いません』と言ったら心配かけるだけだ。 そもそも前世でやってた汚れ仕事に比べたら、今の我の汚れ仕事なんて、健全で平和的で神聖な仕事って感じな程に、凄惨で悪徳に満ち満ちていた。それが日常になるほど荒んだ生き方をしてたから、心配などされるとむしろ申し訳なさ過ぎて心が痛む。
思えば前々世の善良なる普通のおっさんだった我。そして汚れちまった前世の生き方。その事に後悔も反省もないが、ちょっとした【もしも】が頭の片隅にこびりついていた。
そして今、我は二度の生では手に入れる事が出来なかった満足を得ている。 だから我は、今を守る為ならばやれる事は何でもやる。汚れ仕事はその一端に過ぎない……それを主に伝えれば良い。恐れるな主はきっと受け入れてくれる。己の主を信じろ。
『主を幸せにする事。幸せな主の傍にいる事。それが我の願いです。その願いを叶えるために我は毎日あがき続けるだけです』
そう告げると主に抱きしめられた。もしも我が普通のエゾモモンガなら即死だった位に強く。
こんなにも温かいのは心が満たされて温かいからだろうか? どうでも良いこんなにも幸せなのだから。
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