第15話

 今回も駅近くの宿でチェックインを済ませると、きたすばるに向かってカブを走らせている。どうやらプラネタリウムの十六時のプログラムには間に合いそうだったのだが、我は主のスマホで情報収集をしていてある大きな問題に気付いてしまった。


『あっ! …ああぁ? ……えっと、ところで主はヒグマとか平気なんですか?』

『えっ! どこ? 何処にヒグマがいるの!』

 反射的に主はブレーキを強く握り込んで急停車すると、慌てた様子で周囲を確認する。

『いいえ、今ではなく数日前に、この近くでヒグマの目撃情報があったそうです』

『本当に? 冗談じゃなく?』

 数日前とはいえヒグマが出没したことに不安そうな主。心配いりません我が居る限りヒグマ如きは主に指一本触れる事も許しません。しかし……

『このことに関しては、きたすばるのホームページのトップで注意喚起していました』

 そう言ってスマホの画面を主に向ける。

『えぇぇぇっ!』

 新鮮な驚きに満ちた主に釘を刺す事にする。

『主。我にスマホを勝手に使うなとか言っておいて、完全に我任せで自分では全然確認してないじゃないですか!』

『ごめんなさい。不甲斐ない主で申し訳ありません』

 素直に謝ってくれたので許す。幾らでも許しますとも。

『それでなんですが。ヒグマ目撃情報につき注意事項がありまして』

『どんなの?』

『必ず車でお越し下さいとの事です』

 主の顔が一瞬固まる。

 

『イヤー! それって明確にダメってやつじゃない!』

『我も今それを確認して困っています』

『嫌だよ~プラネタリウムを観る為だけにここまで来たのに』

 全然違います。旅の最終目的地は宗谷岬で、きたすばるはあくまでも寄り道ですと言いたいが、言っても何の解決にもならないだろう。

『それでは、このまま行ってしまいましょう。来館者が必ずホームページをチェックしている訳ではないはずです。実際に主もそうなんですから、バイク出来た事を理由に入館拒否はしないでしょう』

『それは相手側のミスを突いた見事な作戦だけど、でもヒグマ出るんだよね?』

『我は、言うなれば【羊の皮を被った狼】ならぬ【エゾモモンガの皮を被った龍】ですよ。主の安全は我が保障します』

『……落差の幅が違い過ぎて、オリジナルの影も形もない酷い改変だと思う』

 的確なご指摘ありがとうございます。

『我が傍にいる限り、ヒグマ如きは主の視界に入る前に消滅させる事も可能です。心配の必要はありません。主はどんと構えてスタッフへの対応の事だけを心配して下さい』

 つまり、面倒な……もとい、我に出来ない事に関しては主を頼るしかないのであった。


 結局入館は許されたが、きっぱりと明るい内に帰る様に釘を刺されていた。

 しかし主は今の時期は十九時前ならまだ明るいから、十六時からと十八時からのプラネタリウムのプログラムは観ても良い筈だと駄々を捏ねるも「一回で十分ですよ」とブレードランナーの屋台の親父の様な言葉で断られていた。

『残念でしたね主』

 まあ我もプラネタリウム好きとして、きたすばるについては知っていた……いや、前々世では何時か行きたいと思っていたくらいなので残念ではある。



『いいもん。帰りに北見の北網圏北見文化センターに行くから』

 宿に戻りながら、主がまた変な事を言い出す。

『宗谷岬からオホーツク海側を走って北見に向かうとなると国道238号をずっと走ります。多分、紋別で宿泊する事になりますが、制限時速一杯で走り続けて七時間ですが、実際走った際の信号などの時間的ロス。食事や休憩時間を含めると十時間位になると今までの主の一日の移動距離から推測されます』

『紋別の手前の町で泊まるのは駄目なの?』

『それも考えましたが、オホーツク海岸から北見に抜けるには主の嫌いな山道をおよそ1000mの高さを上って1000mの高さを下る事になるので、時間的にまた夜の山道で──』

『紋別まで頑張って走るもん!』

 トラウマが刺激されたようだ。

『それは、割とどうでも良いんですが、今度は北見から札幌に帰るには多くの山道ばかり走ることになりますよ。海沿いルートを進めば山道をある程度避ける事が出来ますが走行距離はとても長くなります。我としては宗谷岬から札幌に戻るのは、旅の疲れもあるので日本海側のオロロンラインを走るべきだと思っていましたが、それよりも多ければ三泊ほど予定が伸びてしまいます』

『それは幾ら何でも厳しいよ』

 今は元気に旅を楽しんでいるけど、精神的にも疲れたら最後、一気に限界を超えるだろう。そして何よりも……

『それから現実的な話になるのですが』

『現実的?』

『主がバイトの休みを頂いたのは一週間ほどだったと思うのですが? 既に三日が過ぎているので、明日は頑張って宗谷岬に行き、稚内の市街地に戻って四泊目で。そして札幌に戻る最速ルートのオロロンラインを丸一日これでもかと走り五泊目は留萌。そして最終日も主がもう勘弁して下さいと泣きながら走って札幌へ帰還。それから予備日が一日というざっくりとした予定を考えていましたが? もしかしてバイトの休みが延びたのでしょうか?』

『ああ、何でこんな事に……楽しみ過ぎた~!』

 主が楽しんだのなら我に言う事は何もないが、こんな事になった理由ははっきりさせておくべきだろう。

『こんなことになった一番の理由は、主が一日で宗谷岬迄行けるとか意味不明な前提で旅を始めたからですよ』

『それかぁ~』

 他に何があると言うのだろう?

 強いて言うなら移動手段が原付一種だった事だろう。

 せめて原付二種なら30km/h制限が無くなり、最高で60km/hでの走行が可能になる。

 125ccエンジンのカブだったら出力は二倍以上で、トルクにも余裕があり、最低限程度だがキャンプ用具を詰んで荷物は結構あるが、我と主が超軽量なので坂道も楽に上れるので、バイクの運転に慣れてきた今なら山道をここまで忌避する様な事にはならなかったはずだ。

『それからバイクがせめて原付二種なら良かったのですが』

 一応提案はしておく、来年以降もバイクで旅をするならこの選択はありだと思う。

『でも二段階右折しなくて良くなって、制限速度が60になるのは良いけれど、それを出せるのは道は極一部だと思うよ』

『少なくとも流れに乗ることが出来ます。今のカブでは道路の端によって道を譲る事が沢山ありましたよね。それが無くなるだけで移動時間を大幅に圧縮出来ます』

『でも郊外の国道でも大体50までだよね』

『いいえ、北海道では市街地を除く道路では60以下で走ると煽られるという情報が多数ネットにありました。バイクの場合は煽られると非常に危険なので流れに乗って走って下さい。北海道では警察も70程度ではスルーするという情報もありますし』

 まあ、我も前々世ではそういう場面に何度も遭遇した。70~80で走ってる車列を百100以上の速度を出してぶち抜いてく車も沢山いて、警察も70~80の車列は完全無視して、それを追い抜いて行った車だけを捕まえていた。

 その様子は「お前等雑魚共はリリースだ。捕まえる価値もない」と言われているようで、見逃された事にほっとする反面、敗北感を感じたものだ。

『それで良いのかな?』

 主は疑問に思っているが、それを止めさせるには警察が煽り運転がなくなる程の厳しい取り締まりを行う必要がある。


『それはともかく原付二種ならば、札幌から八時間ひたすら走り続ける覚悟があるのなら早朝に出発すれば、その日の日没前に宗谷岬にたどり着く事も可能ですよ』

『モモちゃん。私頑張って小型限定普通二輪免許、略して小型二輪免許を取って、原付二種を買うよ』

 何故略した? 確かに長いけど。いやそれよりもバイク旅をしないという選択肢がない事が気になった。

 

『……主はバイクが好きなのでしょうか?』

『好きなのかな? よく分からない』

『それではどうしてバイクに乗ろうと思ったのですか?』

『……此処ではない何処かにバイクなら連れて行ってくれると思っていたのかもしれない。でもモモちゃんが傍に居てくれるようになって、モモちゃんと何処かに行きたいと思うようになったのかな?』

『我は主と行くのなら何処だってサイコーにハッピ-なんですよ』

『何よサイコーにハッピーって、いつもは堅苦しいおじさんみたいなのに』

 我が堅苦しいおっさん? こんなに可愛いのに? そんな事は有得ない。これは主の冗談に違いない。ただし決して確認を取ってはいけない。これ大事ね……生きていく上でとっても大事。

 昔、育毛剤のCMで「戦わなけや現実と」と言っていたが、全部合わせると三百五十年ほど生きていれば、現実をスルーする事がも必要だと嫌でも思い知る。


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作者大ピンチ、今書いてるエピソードが……登場人物が多くて

主人公の一人称視点で、主人公に絡むのは基本的に主だけと言う、実に自分向きの作品を、我ながら良く考えたものだと自画自賛していたのに


>@bug_fish

調べたところマルちゃんの出番は指摘されたのを除いて、まだ二回ほどありましたw 


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