第11話
「それでは我は素の状態で話させて頂きます」
「うん、可愛いモモちゃんが渋い声で話すのは気なるけど、早く慣れる様に頑張るから」
つまり頑張らなければ駄目だという事ですね……悪意の無い赤心(せきしん。まごころの意)からの言葉、心にグサリと刺さります。
「このまま、ここで一晩明かすとしても私が見張っているので、例えヒグマだろうが変質者だろうが、何者が襲っても主の安全は保障いたします。しかし出来るのなら今から富良野のホテルを予約して移動するのが良いと思います。勿論ホテル代は心配いりません。多少ですが持ち合わせがあります」
「えっ! モモちゃんお金持ってるの?」
「はい、現金で三千万円ほど」
「それ多少じゃないよ!」
「全て主の為に用立てしましたので、何時でも全額お渡しします」
「そんな大金怖くて受け取れないよ」
「それでは私が管理いたしますので、ご入用の際にはお申し付け下さい」
「うう、モモちゃんが色々凄過ぎる。私が飼主なのにぃ~」
「はい。貴女は一生、いえ例え我が死のうとも永遠に我の飼い主です」
「……ずっと一緒だねモモちゃん」
「はい」
この時、我は気付いていた。主の言うずっととは自分が死ぬまでだと思っていると、だがそれを訂正する事は出来なかった。エゾモモンガの寿命である十年は短過ぎ我自身もっと長く主の傍に居たいと思っていたのだから。
頑張って十年を超えて二、三年は生きてみせよう。その頃には主もしっかりとした年相応の大人になっているはずだ。そうなれば我との別れも仕方がないものだと受け止められるだろう。
結局初日は、原付を【インベントリ】に【収納】して、【念動】で主を保持し【飛行】を使用する。主が快適な空の旅を過ごせるように【風防】を使い富良野まで飛ぶと、富良野駅前公園に誰も居ないのを確認してから着地し、駅近くのホテルで一泊することが出来た……めでたしめでたし。
旅二日目の朝を迎え、主は朝の八時過ぎに起きた……いや起こした。
前日のバイクでの強行(主の個人的感想)で疲れが抜けていなかったようだが、先ずは朝食バイキングを済ませるように送り出した。
我は久しぶりに湯船にかなり温めにお湯を張ってゆっくりと入浴を楽しんだ。
『くはぁ~~~!』
素で口から出るのは「キュイ~!」だったので改めて心の声で言い直す。やはりエゾモモンガの身体だろうが風呂は良いものだ。
そういえば今日の予定が立ってないので、お湯につかりながら少し考えみる。
今日は旭川まで行けば良いのかな? 観光をしながらとなるとそれが限界だろう。
富良野から旭川のルートは北海道でも屈指の観光コースだ。
しかし富良野は基本的にグルメの街というのが我の認識だ。チーズやワインが非常に魅力的で、更に我が前々世で一度行ってみたいと思っていた北海道屈指のジンギスカン屋もある……草食のエゾモモンガである我が身にはあまり関係ないけど。
ラベンダー畑で有名なのは中富良野で、温泉で有名な十勝岳付近は上富良野。 そしてパッチワークの丘とか風景が評価されているのは美瑛である。
特に美瑛の丘は今頃は花畑になっていて美しい……らしい。
恥ずかしながら、我に花を見て美しいと感じる様な感性が生まれたのは三十代になってからで、それまでは「花? ふ~ん、へぇ~」程度の坊やだったので、三十代前に夏に富良野に来た時の思い出と言えば、レストランで食事と食後のデザートのラベンダーソフトクリームを注文し、食事を終えて一度トイレに行ったら、トイレ中がラベンダーの匂いがこれでもかと充満していて、用を終えてテーブル席に着くと、ラベンダーソフトが配膳されていたので食べて一言。
「トイレの臭いがするソフトクリーム」と言い放つ様な人間でしてた。
正直に言って札幌の住人にとって富良野や美瑛はそんなに気軽に来る場所ではない。
これは我がおかしいのではない。北海道の地元民だからと言って北海道の全てを知っているなんて事はない。
無駄に広いんだよ北海道は、札幌に住んでて、気軽に暇だから道東にドライブしてみようかと考える奴なんて居ない。気軽には行けない距離の暴力があるからだ。
例えば前々世で友人が「これから根室に行くんだ」と言ったら、我は真剣に「何があったんだ?」と心配そうに理由を尋ねただろう。
それは余程の理由が無ければ行かない遠い場所で、特に理由が無いのなら一生根室に行く事なく過ごす札幌市民も多い。
多くの北海道民にとって道内の市町村のほとんどが行った事が無いか、ただ車や交通機関等で通過しただけというのが大多数だ。
それでも富良野の有名な観光地と言えば北の国からのロケ地だが、正直なところ主の世代どころか我の世代にとっても「そんなドラマ観た事ない」としか言い様がない。
富良野の強味であるグルメを楽しむという事は、昼まで富良野にとどまるという事で、その場合は今日の宿を旭川とする計画はかなり怪しくなってしまう。
もし今日も最後はバイクではなく【飛行】で移動するとなれば、もうバイク旅という旅の趣旨が変わってしまうだろう。
『そうなると富田ファームでラベンダー畑を満喫し、メロンを食べる……メロンなら我も食べられるはずだ』
主が朝食を終えてシャワーを浴びてチェックアウトして、そのまま向かえば、ファームの施設は十時には全部開くので丁度良いだろう。
その後は、上富良野だが温泉はスルーだな。
この暑い季節に温泉に入っても、主の移動手段は冷房の利いた自動車ではなくバイクである。温泉を上がった後に汗が止まらなくなり、温泉に浸かる前以上に身体が汗でベタベタになる事が予想されるので、時間的に上富良野では昼食を済ませるだけにするべきだろう。
午後に美瑛の丘の景色を楽しんだ後は、そのまま旭川に向かい、早めにチェックインして、昨日はゆっくり疲れをとった方が良いだろう。
大まかな予定が立ったところで主が戻ってきた。
「モモちゃんただいま!」
「主よ、声を抑えて下さい。この部屋に我は存在しない事になっているのですから」
かなり本気で注意する。主がエゾモモンガを飼っているとバレたら、流石に我は主と引き離されてしまうだろう。
「ごめんね。モモちゃん」
「いいえ、我も強く言い過ぎました」
「でも私とモモちゃんが一緒にいる為に必要な事だから、ごめんね注意が足りなかったわ」
我と同じく主も我と一緒に居たいと思ってくれていると思うだけで、勝手に尻尾が振れてしまうほどに嬉しい。
「今回のような事が起きない様に、主にはこれを身に付けていて欲しいのです」
そう告げて【インベントリ】の中からペンダントを取り出し、口に鎖を加えて主に差し出す。ペンダントはミスリル製の鎖に、長さ三㎝ほどの六角柱の水晶に魔法陣を刻んだ魔石を封じた魔道具をあしらったシンプルなデザインで、主が普段使いしても違和感が無いと思うが、そもそもミスリルは一見すると銀だが、磨き上げたばかりの銀よりも輝き、その輝きは曇る事が無いため常に身に付けていたら疑問を持つ者が現れるかもしれない。そして水晶に封じられた魔石も同様に人目を惹いてしまうだろう。
「これは言葉を使わなくても意思疎通が出来る魔道具なので、普段から服の下にでも身に付けていて下さい」
「凄く綺麗だよ。この水晶の中にどうやって石を入れたのか分からないけど、これも魔法で?」
主がそう尋ねながら、ペンダントを手に取ったので大きく頷く。
「それと対になる魔道具を我は頬袋に入れてあるので、何時でも主と人目を気にせずに話す事が出来ます」
「頬袋の中? 間違って飲み込んだりしないの?」
「頬袋はエゾモモンガにとっては、主にとってのバッグの様なものです、間違って飲み込んだりはしませんよ」
ちなみに頬袋の中にクリーム状の物を仕舞い込むと、皮膚にこびりついて綺麗に取り出せず、皮膚に張り付いた物がやがて中で腐り、病気になる場合もあるので要注意。
だけど前々世でロボロフスキーハムスターを飼っていて、一時期五十匹くらいまで増やして、一部屋ケージだらけにしてしまうほどだったが、その事を知ってからおやつに与えていたクリームチーズを与えるのを止めたが、与えていた時期にそれらしい原因で体調を崩したハムスターはいなかったから、滅多に起こらない事例なのかもしれないが、少しでも可能性があるのならリスクを避けるべきだろう。
もっとも我はその事を理解しているので、頬袋の中に入れない様に食べれば問題はない。
「でも私が貰ったペンダントは鎖の部分はともかくトップの部分だけでも、流石に頬袋の中には納まらないと思うんだけど?」
「主が水晶だと思っている部分は魔石で、それが魔力を保存する電池の様なものだと思って下さい。我は自分で魔力を扱えるのでその部分が必要ない訳です。ですから魔道具の本体は頬袋に余裕をもって入れておけます。ちなみに主に預けた魔道具は普通に使えば三か月程度は魔力の補充無しでも使えると思う居ますが、念のため月一回のペースで魔力を補充したいと思います」
魔道具の性能について詳しく尋ねられるかとは思っていたが、頬袋について尋ねられるとは思わなかった。
もしかして、我の協力があればエゾモモンガに対する様々な研究が一気に進むのではないだろうか? ……まあ協力なんて主に頼まれない限りしないけど。
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