第7話

『モモちゃん。今日も一緒に学校に行く?』

 まだ眠たかったが、主の目が一緒に来て欲しいと雄弁に語っていたので、そのままポケットに潜り込む事をもって返事とした。


 講義室に入ると例の三人の姿はなかったが、その取り巻き五人とつい数時間前にある意味同じベッドを共にした同調者の男が揉めていた。

「お前ふざけるなよ!」

 案の定、同調者の男が取り巻き五人組に責められている。我が奴を選んだのはあのグループ内で一番立場が弱いのが奴だったからだ。

 主の事を大学の中で立場が弱いから犯人に仕立てやすいと言った連中への意趣返しとして、まさにその通りにしてやったのだ。

 

「昨日のあの会話をSNSにアップするとかどういう心算なんだよ!」

 ああ、そんな大声で怒鳴ったら、拡散速度爆上げだろうに……主に罪を着せようとしたお前等自身が、あの動画に気付いた段階で、既に不特定多数が視聴しているってことなんだけど、理解出来てないようだ。ストレスで頭の回転も随分と悪くなった様で。



 まあ、これで少なくともあのカラオケルームにいた九人は学校に居られなくなるだろう。

 めでたしめでたしと言いたいが、そうは簡単にはすまない可能性がある。

 それは連中が自分を追い込んだのは主であると思い込んで逆恨みする事だ。

 如何なる暴力をも絶対に主に届かせない自信はあるが、そうではなく誹謗中傷という方法で主を傷付けるという方法もある。


「俺はあんな動画を撮影していない。あの時俺が撮影していたのを見たのかよ!」

 同調者の男もヒートアップして、周りの人間の目を忘れて大声で叫ぶ。

「そ、それは見てないけど、でもお前のアカウントでアップされてるんだからお前以外誰がいるんだよ。まだお前がスマホを落としたとか、盗まれたとかならともかく、お前はいつものスマホを今も持ってるじゃないか」

「アカウントを乗っ取られた可能性だってあるだろ」

「だからカラオケの部屋の中を盗撮して、その動画をお前のアカウントを乗っ取ってアップするとか一体誰がそんな手の込んだことするんだよ。我達のやろうとしたことは世界的な陰謀か? CIAが動いたとでも言うのか? そんな訳ないよな! そう考えたらお前しか犯人はいないだろ。違うか? 他に誰がいるんだよ!」

「それはそうかもしれないけど、でも俺がそんな事やって何の得があるんだよ。あると思うなら説明してみろよ」

 揉めろ~よ、揉めろ~よ~ドンドン揉めろ~。そして傷付け合ってお互いに憎み合え。それが主をこの件から安全な状況に置く唯一の方法なのだから。


「お前の動機なんて知らないよ。ただそれが出来る状況にあったのがお前しかいないんだから仕方ないだろう」

「状況証拠で冤罪とか、何処の昭和の警察だよ!」

 まだまだ誤解と憎しみの炎は燃え盛っているが、ついに終わりの時が来た。


「山下君。玉上君。丸海君。横川君。羽田君。沼木君はいますか?」

 見知らぬ顔で、教員という感じでは無いので事務職員だろうか、男性が連中の名前を呼ぶ。 六人は驚いた顔で固まるが、周りの学生達の視線が六人に向かっているので返事を聞く前に理解したのだろう。

「君達にはこれから学長室まで来てもらいます」

 感情が全く籠っていない声がこれから奴等に下される処分の重さを感じさせる。

 

「学長室……僕達がどうして?」

「例の動画の件で話があるとの事です」と職員は感情の籠らぬ声で淡々と告げる。

 早い。早過ぎるよ。まあ我が動画の編集の中で一つだけカットではなく、あるモノの追加を行ったせいなんだ……そう動画に加えたんだよ大学名をね。

 これで大学も傷を負った。今回の件に関しては見て見ぬふりをした大学側にも責任があると我は思っていたので、これは当然の報いだと考えている。むしろ足りないと思ってるくらいだ。


 我は事務職員に促されて学長室へと向かう六人の背中向かって、心の中で「ドナドナ」を胸の奥で歌いかけるが、ふともっと似合いの曲があった事を思い出す。

 その曲とは「今日の日はさようなら」だ。

 互いの信用を失い、互いに疑い憎み合い、二度と友誼が結び直される事はないだろう、今の連中にとっては実に皮肉が聞いた歌詞だと思う。


 結局六人は主に罪を着せようとした悪質さが問題視されて、いじめ主犯の三人と一緒に大学を去った。

 これで主も良い大学生活とまではいかなくても、少なくとも大学に行きたくないと思うような事はなくなると……良いなぁ~と思う。

 そもそも、大学における連中の虐めは、女子が少ない工学部における男子からの人気が、主の方が高かった事への嫉妬から始まったという事だ。

 まあ、正直あの三人は理系の学部でなければチヤホヤされる事も無い程度で、主とでは外見、内面、学力において比べるのも烏滸がましい。なんなら身の程知らずも大概にしろと斬って捨てるレベルだ……無論、この評価は我の贔屓目ではない純然たる事実だ。


 あれから主が大学で明るくキャンパスライフを送っているかというと、そうでもない。

 あの件は主の心に人間への不信感を植え付けてしまったようだ。

 それでも直接的に嫌がらせをする連中が消えた事で、ストレスを溜める事は少なくなった様で、三日に一度しか我に一緒に大学に来てと言わなくなった。まあ普通にまだ駄目そうなので我も同行する。


 我は主にとってストレスの原因となる連中を速やかに排除する事で解決を図ったが、余りにも大事にし過ぎたと反省している。

 静かに平穏に全ては水面下で行い。周囲が気付くと連中が何時の間にか大学から消えていたという形にすれば、主にとっても連中の記憶が薄れ易くなったのではと後悔が残ったが同時に、ちゃんと話し合って解決する手段? そんなの無いよ。連中は面白がってやっていたんだから、本人達には止める理由が無いのだから無理だとも思う。

 多数で一人を囲んで攻撃し、反撃も許さないワンサイドゲームで脳内麻薬を分泌したいだけのジャンキーに言葉なんて通じるか……どうやら我も人間の嫌な部分を見せられて、心が荒んでいるようだ。


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次回、新章『夏休み編』突入

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