第5話
札幌市内にお宝が想像を超えてより取り見取り状態な訳だが、手に入れるお宝は何処でも良い訳ではない。
避けるべきは、すすきの等の繁華街の地域だ。
そこには暴力団関係の人間が多く活動しているので、奪った金が連中の物である可能性が比較的高い。
暴力団とは組織であり、上下関係がはっきりしているので、ある程度は組織的な行動が出来るので、奴等から奪った金が表に出た場合、それ組織の金である事に気づく可能性は決してゼロにはならないだろう。そして連中は金と同じくらいメンツにも拘るので、その金を使った人間を執拗に探し続けるだろう。
俺は正義の味方ではない。態々暴力団の資金源を断って良かったねと思わないでもないが、それよりも僅かでも主にリスクが発生するなら、それを避ける必要がある。
だから【宝探し】でヒットした繁華街以外の金についても、その全てを回収する気はない。必要に応じてATMとして活用するだけだ。
勿論、もしも守る者がいない身の上なら、容赦なく全部回収しただろう……宝物自体には今は興味がないが、宝探しとはトレジャーハント、つまり狩りなんだよ。嫌いなはずがない。
結果として一晩で三千万円超えの活動資金を手に入れた。
回収した金は【インベントリ】から何時でも取り出せる。
ところで【収納】で【インベントリ】内に仕舞い込んだ物品に関しては、前世の分も色々と貯め込んでいるが、異世界の金貨や、お気に入りのキラキラと輝く宝石類を合法的に現金化する手段を我は知らない。
ましてや現実世界には存在しない魔石、オリハルコンなどのファンタジー金属に関しては現金化する方法を云々以前い、その存在が表に出る事すらヤバいので死蔵という事になる。
『これで深夜の電気屋に忍び込んで、調査に必要な小型カメラや盗聴器代わりのボイスレコーダを入手し、多目に金を置いていけばOKだろう』
勿論、大手の量販店では間違いなく警察案件になり、置いてきた金は結局は店の売り上げにはならずに証拠品として押収されるので、店に経済的損失を与えるので、倫理観の緩そうな個人経営のリサイクルショップから調達する事にした……失礼過ぎてごめん。
調査を始める準備が整った翌日の朝。
「モモちゃんと離れたくない!」
主の飲酒を目撃してから大学に行く前の朝のスキンシップが、少しずつ長くなっていると思っていたら、今朝はとうとうこんな事を言い出してしまった。
そろそろ出ないと遅刻しそうで、我のせいで遅刻されても困るが、ここで突き放す様な真似をすると余計に長くなるのはよくあるパターンなのだが、逆に甘えてみせても同様だろう。我が考え出した正解は嫌ではないと主張する為に、しっぽを振りながらスキンシップを受け入れるである。
顎の下を撫でられ目を細めながら、我と離れたくないのではなく大学に行きたくないのでは疑う……こうなったら、我も一緒に行くのが正解だろうか?
三秒ほど考えた結果、上着の右ウェストのフラップ付きのポケットに潜り込んだ。
「モモちゃんも一緒に来てくれる?」
驚き困ったようでもあり、嬉しそうでもある小さな声に、フラップから頭を出して『キキッ』と短く鳴いてみせる。
「ありがとうね。でも外では顔出しちゃ駄目よ」
そう注意しながらも主の顔は本当に嬉しそうで我も嬉しい。
……まあ、全然調査もしてないのに事の本丸と目している大学に乗り込むことになるとは想像もしていなかったけど。
主と共に自転車に乗って大学へと走る。
季節はそろそろ初夏を迎える。札幌人間にとってはこの初夏が一番辛い。
この十年程は、二十度を少し超える程度の過ごしやすい気温が、六月下旬辺りから突然季節が夏へ移り変わり三十度前後へと十度くらい気温が一気に上がり、身体が気温の上昇についていけなくなる。
一気に気温が下がる分には前々世の我は三日間もあれば慣れる体質だったな。
一方で暑さは七月中にピークを迎えて八月になると温度は下がり始め夏の終わりを感じてしまう事が多い。
途中で地下鉄北12条駅傍の駐輪場に自転車を置いて工学部の講堂に向かう。
講堂に入る手前で主の心拍数が上がる。
『やはり大学内に問題があるのだな』
そう確信した瞬間、我の心は今戦場にあった。
今、この時より我の心からは三十五歳の紳士なおっさんは消え去り、怒りと共に胸の内を満たすのは最期の時まで戦い続けた武人魔龍王だ。
主の敵に対する優しさなど一欠片でもあると思うな。
講義室の前で主が足を止めた。心拍数は更に上がっている。
そして深呼吸してから講義室に足を踏み入れる同時に室内の空気が変わる。嫌悪、嘲り、そして無関心ときやがる。随分と素敵な大学じゃないか。
もう餓鬼という歳でもないのに下らない事をしやがって、とりあえずお前等には就職が決まった後で内定取り消しを食らう呪いをかけてやろう……まあ嘘だ。内定取り消しなんて魔法もスキルもない。ただ運に偏りが発生し、どうでも良い時には何も問題はないが、肝心な時に限って運が悪くなるという呪いを主以外の室内の連中に一生分かけておいた。
そうは言っても運の偏りが劇的に変化する訳ではない。そうだな人生の三分の一くらい損をする程度で済むだろう……やっぱり甘いかな、いやこんなもんかな、先ずは挨拶代わりって事でな。
講義が始まる前の時間、主に話しかける者は一人もいないし、近くに座ろうとする者もいない。
主に対して明確な敵意を示しているのは、理系の講義室にはそぐわない。けばけばしい格好の女三人組。そいつ等の取り巻き男連中が五人。残りの三十人ほどは、その八人に配慮して主を無視している感じだ。
そんな風に講義室に居る学生達を一応分類したが、我は皆等しく許す気はない。
やがて講義が始まる。幸いな事に講義を行うのは教授の様だ。
大学における教授の権限は大きく、決して怒らせるべきではない相手だから、早々に連中を痛い目に遭わせてやることが出来る。
方法は便利な【念動】先生だ。【念動】には便利な視点位置操作がある。
龍種は子供でも全長が十mを超え、成龍ならば三十mを軽く越える。そんな龍種が細々とした作業である宝物磨きを行う際に、視点の位置を任意に変更出来なければ、様々な装飾を凝らした芸術品である宝飾品を隅々まで磨き上げるには効率が悪すぎる。余りの作業効率の悪さにブチ切れて宝物にドラゴンブレスを食らわせて、溶けた貴金属と焼け焦げた宝石を前に涙する事になるだろう。
だから我は講義が進み、教授の舌の回りが良くなった辺りで、【念動】を使って、主に悪意を持っている三人組のスマホを操作して、音量最大で適当に動画再生してやった。
「何をしているんだ!」
教授の怒声が飛ぶ。
「わ、私達は何も、いきなりスマホが……」
「ほう、何もせずに君達三人のスマホが一斉に大音量で動画を再生する不具合が起きたと? そんな馬鹿げたことを信じろと? 素直に謝罪するならいざ知らず、随分と私を馬鹿にしてくれているようだな」
かなりイラついているようで、容赦なく正論で殴りに行く。いいぞもっとやれ!
「本当なんです! 悪戯でこんなことはしません」
意外に賢い。咄嗟の割には上手い視点から反論してきたな。
「……確かに、こんな言い逃れ出来ない状況で講義を邪魔するリスクを負わないか、バレない方法があればその限りではなさそうだがね。分かったスマホは電源を切ってしまいなさい」
教授は顔を真っ赤にしながらも、三人の発言に一定の合理性を認めて、どうにか自分の怒りを飲み込んだ。
だがここ迄は織り込み済みだった。
策を用いるには知恵と悪知恵の二つが必要になる。
魔王の側近であり魔界を治める一翼を成す重臣でもあった我が心清らかな善人である筈がない。だからこそ主の優しい心に触れて改心、いや回心することが出来たのだ。
策を使うならば最低限相手は自分よりも賢いという仮定が必要であり、その為には他人を陥れる策の事ばかり考える性格の悪さが必要とされる。一方相手を見縊り雑な策を弄する阿呆は必ず痛い目に遭う。
我は講義が再開して五分後に、再び【全く同じ事】をしてやった。
「今すぐにここから出て行きなさい!」
教授は繰り返される悪意にブチ切れている。それ以前にお前等は我をブチ切れさせたんだから当然の結果だ。
こう見えて我、他人を怒らせる事に関してたかなりのもんだし、恩は五倍返し怨は五十倍返しと決めている。
つまり恩ある主に対する仕打ちの怨(うらみ)は二百五十倍で、更に出血大サービスで四倍増しの千倍返しだ。
「教授!?」
三人組は怒りに顔を赤く染める教授の剣幕に怯えつつも、反論をしようと思ったのかもしれない。しかし、この策で怒らせられた人間を止めるのは無理だ。
この策を我はお笑いの技法に掛けて【テンドン】と名付けたよ。
そして【テンドン】の効力はお笑いに比べ、怒りと適合率は実に二十倍に達する(当社比較)のだ。
このシンプルにして最強の策の恐ろしい所は、何度でも【テンドン】が効き、重ねるごとに効果が増す。つまりお前達はもう詰んでいる。
もしかすると、お前達は家族思いの優しい一面を持っているのかもしれない。 ひょっとすると、雨の日に捨て猫を拾って、今も大切に可愛がって飼っているのかもしれない。
絶対にありえないと思うが、車に轢かれそうな子供を守って、足を骨折したことがあるのかもしれない。
だが終わりだ。どんなことがあろうが憐れみを掛けるつもりなど我にはない。
「私の講義に関しては今後、君達の出席は認めない」
我は知っている。この講義って必修だってこと……つまり、この講義の単位を取得出来ないと卒業出来ないって事だ……
そして次のコマの別の講義でも同じ事をしてやったので、少なくとも主犯三人の大学での立場は終了だろう。
連中が自らの潔白を証明しようにも、スマホは連中の手元にあり外部から遠隔操作された形跡は一切ないのだから無理。
ここから挽回するには、親が余程の有力者だったとしても難しい。何せこの大学は国立大学だ。単に金だけでは大学側の方針を変更させるのは無理だ。
可能性があるとしたら親が国立大学にも影響力を持つ文科省のお偉いさんの場合だろう。
まあ出来る事なら頑張って挽回して欲しいとも思う。もう一度突き落とす為には、頑張って這い上がってもらう必要があるからだ。
何せ我にはまだ何度でも地獄に落とす策が、パッと思いつくだけでも二桁は下らない。当然連中の親が文科省のお偉いさんどころか総理大臣でも必ず失脚させて見せよう。
前世での我は、こんな事ばっかり考えていたんですよ。
自分の性格の悪さが怖い。怖いけど改めるつもりはない。そんな自分が嫌いじゃないから~ないから~ないから~
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