第17話 沈黙と野菜ジュース


 家に閉じこもっていた二週間は、琴音にとって有意義な時間になった。人から見たら、何か変わった様子は特に見受けられなかっただろう。けれども、彼女自身の中で思いは固まっていた。

 その間に、梅雨は明けて外の景色は木々や空の色が一層濃く、眩しい世界が広がっていた。


 公園の木々も、暑さに負けじと深緑の葉が強い色彩を放っているように見えた。琴音は、待ち合わせ場所に失敗したと思った。

 近所の、葉山がバイト帰りに何度か少し話したりしていた公園のベンチ。コンビニで拓海と会ったとき、葉山が説明してくれたベンチ。

 少し太陽の勢いが弱まり、夕刻に近づく時間帯の木陰ではあるが、暑いものは暑い。

 そして、蚊も結構いる。


 そんな事を考えて気付くと、葉山が歩いてきた。二週間会っていないうちに少し日に焼けたような気がする。


「琴音さん、久しぶり。

もう連絡こないかと思った」


 と、言いながら野菜ジュースを渡された。


「……ありがとう。

連絡、遅くなってごめんね。

ちゃんと自分の中で、気持ちが固まってから連絡したかったんだ」


 琴音は、今日はリラックスして素直に話せる気がした。もしかしたら、このベンチでの待ち合わせは、正解だったかもしれない。

 そう思いながら葉山が渡してくれた、野菜ジュースを飲んだ。一口飲んだら、色々な事を思い出した。

 すごく時間が経ったように感じるけど、葉山くんが初めてうちに来てから四ヶ月ぐらいか。それを考えると彼女は、短期間の間に起きた、自分や取り巻く環境への思いの変化に驚嘆した。


 少し沈黙があった後、葉山が切り出した。


「琴音さんがまた連絡するって言って別れてからさ、ずっと連絡待ってたんだ。

僕は見た目こんなんだし、ヘラヘラしてるから女の子と遊んでるように見られるけど、恋愛とか疎くてさ、好かれても気づかなくて女の子傷つけちゃったり、恋愛したいとかそういうのもピンとこなかったりして、あんまり付き合ったりしたこともないんだ。


でもそんな鈍感な僕でもわかったことがある。

僕は、琴音さんのことが好きなんだと思う。

さっきも言ったけど、僕はいつもふざけてるとか明るいねとか、彼女いそうとか、ムードメーカーとかね、言われるの。

でも違うんだよ。


僕は三人兄弟の末っ子で、僕が子供の頃って、両親の関係がすごく悪くて家の雰囲気が最悪だったの。

僕は子供ながらにその空気を変えたくて、ピエロになろうとしたんだ。どうにかして、家族の笑顔を引き出そうとした。

それが成功するときもあれば、冷たい、見下すような視線で見られて終わることもあった。

いや、まだ自分が小さい子供でさ、必死に空気変えようとしてあんな冷たい目で両親から見られたらさ……もう恥ずかしくて苦しくて、精一杯ヘラヘラしながら人のいない場所に行っていつも泣いてたんだ。


だから『明るいね』とかって良い意味で言ってくれてるのもわかってるけど、心の中は色々思い出してちょっとチクッてする。

『ああ、そう見えてるならここでもピエロの役をやっとけばいいんだな』って思う。

それが求められてるなら、それでいい、でも言われる度に心の奥にある小さな扉が、少しずつ重く閉まる気がしてたんだ。


でも琴音さんは、一回も言わなかったよね。

一度『葉山くんて、本当にそんな人?』って言われた。

僕の目を真っ直ぐ見て、琴音さんが言ったんだけど覚えてる?

僕、あんな事初めて言われて、びっくりして狼狽えたんだけど、この人にならほんとの自分を見せても良いのかなって思った。

でも、それと同じ頃に琴音さんと話したりしてる中で、拓海の元カノって気付いたんだ。


拓海の知り合いだって言った方が良いのか悩んだけど、少しの時間でも琴音さんと楽しく過ごしたかった。

早く言わないとって思いながら、一緒にいる時間が楽しくて、もうちょっと、あと少しだけって延ばしてたら、どんどん好きになって、言えなくなっていった。

そのせいであんなことになって、余計傷付けたからもう嫌われただろうなって思ってる。

自分の身勝手で傷付けちゃって本当にごめんね。

だから今日は僕はフラれにきたんだ」


と言って笑った。




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