第3話 再会と破滅


大学を卒業し、社会人になった。

 環境が大きく変わる中で、学生時代から変わらない拓海の存在は心強く、そろそろ会社員として慣れた頃に、琴音はなんとなく結婚を意識し始めた。


 拓海はきっといい旦那さんになるし、いい父親になるだろう。

 彼はいつかプロポーズしてくれるのだろうか──考えると穏やかで幸福そうな家庭が頭に浮かび、胸が高鳴った。


 ──ある日、琴音は仕事の帰宅の途中にデパートに立ち寄り、化粧品を見てまわっていた。


 ファンデーションを物色していると、

「琴音ちゃん?」

 と、後ろから声がしたので振り返ると、可愛らしい顔立ちの、女性らしい雰囲気をまとった女性が立っていた。

 その女性の中に、昔の痕跡を探しながら会釈をする。

 確かに会ったことはある気がする。


 にっこり笑いながら、その女性は続けた。

「あ、急に話しかけちゃってごめんね、琴音ちゃんだと思って思わず声掛けちゃった。

わたし、わかる?

高校のときに一緒だった中澤京子!

見た目変わったってよく言われるから、わからないかも……」


 中澤?


 高校時代、おとなしそうな女の子達数人のグループがあった。たぶんそのグループの子だ。

 どうしよう、他の子の名前が思い出せない。


 それにこの子、こんな顔してたかな。こんなに喋る子だったっけ?

 あまり思い出せないけど、高校時代は化粧して学校に来るようなタイプじゃなかったと思う。家が厳しかったのかな。

 なんにしろ、高校の時とは別人だ。


「中澤さんね!覚えてるよ〜。

ほんと、雰囲気変わった気がするね。

元気だった?」


 その時は簡単な会話だけして、最後に連絡先を聞かれたので交換した。

 ほとんど知らない人なのに、交換する意味あるのかな、たぶん連絡先の肥やしだね、と思ったが、京子は意外と頻繁に連絡してきた。


 話してみると、彼女とは好きな俳優が一緒だったり、タイ料理が好きだったり、共通点もあって意外と話が弾んだ。


 お互いの彼氏と四人で一緒にご飯を食べに行ったり、遊園地に行ったりもした。

 新しい友人とLINEのグループを作って話したりするのは、付き合って4年目の琴音と拓海には目新しく新鮮で、たまにこういうのもいいなと思った。


 京子には、自分にはない女の子らしさや、女性特有のあざとさがあった。

 たまに、男性に媚びているように見えて、やり過ぎじゃないかなと思ったが、その反面、そんな風に振る舞える京子を琴音は羨ましいとも思った。


 ──が、ある日、仕事が終わってスマホを見ると、京子の彼氏からLINEが来ていた。

 待ち受け画面に表示されたその忌まわしい言葉は、LINEを開かなくても見えてしまった。


《あいつら浮気してたよ》


 琴音は一瞬、世の中から分離された感覚になった。

 なんで?仕事が終わって、これからやっと平和に家に帰るはずだったのに──。


 ──スマホを持っている感覚が無い。

 指先が熱を感じて痺れている。


 とりあえず会社から出て、落ち着けるところを探す。

 会社を出ると、仕事が終わった人たちで溢れかえっていた。

 これだけ人がいれば、様々な色や音が、ごちゃごちゃと混在しているはずなのに、自分だけが色も無く、音も遠くに小さく聞こえる。


 何これおかしい、人がいない所に行きたい。

 小さな公園を通りかかると、木陰の奥にベンチが見えた。


 一目散にそのベンチに向かい、座って深呼吸する。呼吸する度に、色と音が少しずつ戻ってきた。

 琴音は、ゆっくりとLINEを開いた。


《あいつら浮気してたよ

京子に拓海くんと付き合うからってフラれたわ

拓海くんから何か連絡来てる?》


 と、続いていた。


 拓海からは連絡が来てないし、手は震えているし、京子からは今朝珍しく『おはよう』とメッセージが来ていた。

 どうしよう、気分悪い、吐きそう──。


 ──その時、拓海から電話がきた。

ちゃんと話せるかわからなくて、電話に出られない。

 電話は何度も留守番電話に切り替わっては切れて、またかかってくる。


 意を決して、琴音は震える指で通話ボタンを押した。


『……もしもし?……琴音?

話したいことがあるんだ。

……京子ちゃんから彼氏の相談乗ってって言われて……何度か会って話したんだ。

それで、昨日お酒飲んで……』


『もういいよ、聞きたくない。

今までありがとう』


 琴音は、いつもより少しかすれていた拓海の声を遮り、電話を切った。

 そのまま京子もその彼氏も、三人とも続けてブロックしたし、その日のうちに、拓海のものは宅急便で送った。


 何年も一緒にいたのに、人との関係って素っ気ないものだなと琴音は思った。

 そして、なにもかもがどうでもよくなった。

 なんにもいらなくなった。


 いらない全てを投げ出して、空家になっていた祖母の家に住み始めたのだ──。



 ……ああ、嫌なこと思い出しちゃったな。

 カレー食べよ。


 と、さっきテーブルに置いたデリバリーの袋に手をかけた瞬間、玄関のチャイムが鳴った。




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