第16話「透明人間ごっこ」



(ねえ、ヨーコ、何で私に絵巻物を隠してるか、那由多なゆたくんに聞けた?)


(え、あ、聞いたけど、オラにも教えて貰えなかったゾ!!でも、なゆたはタマオのことを嫌いだから隠してるわけじゃないと思うゾ!!それに、タマオを困らせようとしてるわけでもないゾ!!タマオが困ったら、なゆた泣がいちゃうゾ!!)


(なにそれ……?どういうこと?教えて貰えなかったのに、なんでそんなの分かるの?)


(こ、これは、偉大な妖怪ヨーコ様のカンだゾ!!)


(なるほどねー。ま、ヨーコには期待してなかったから大丈夫だけど。あと、那由多くんには私もヨーコと喋れるようになったのは、ちゃんと内緒にしておいてよね。)


(わかってるゾ!!でも、なんで、内緒にするんだ?…… 恥ずかしいのか?泣いちゃうのか?)


(恥ずかしくもないし、泣きもしないよ。ただ、那由多くんも隠し事ばっかりしてるから、私も対抗して困らせてやりたいだけ。)


(うっ、タマオってなゆたに厳しいゾ…… )


(だって、なんか悔しいんだもん!!よく分かんないけど、最近……那由多くんのことばっかり考えちゃうし!!ヨーコも怒られてばっかりで悔しくないの?一緒に那由多くんのことギャフンと言わせてやろうよ!!)



 ここは、光印こういん学園高校探偵部の部室。


 昼休みの時間だが、部長の神道 那由多しんどう なゆたと、部員の天宮 珠央あまみや たまおそして、那由多のお供の狸妖怪のヨーコが来ている。


 六月中旬に差し掛かりシャツに汗が滲む季節となってきたため、いつでも冷房を自由に使えるこの部屋に意味も無く部員が集まることが増えた。


 那由多は大きなケヤキの机の前の部長専用ソファに腰掛けて優雅に読書をしている。……ように、入り口付近の客用ソファに座る珠央には見えた。

 珠央はその様子を遠巻きにちらちらと見ながら、那由多の近くを飛んでいるヨーコに目配せをした。

 珠央とヨーコは、先日の綿毛事件の時から、原因不明だが声を出さずに心の中で会話が出来るようになっていた。そのため、この静寂に包まれた部室で、那由多に知られずに二人はひっそりと会話をしていたのだ。



「ねえ、那由多くん、お昼ご飯食べないの?お弁当忘れたの?」


 静寂に痺れを切らした珠央が弁当箱から卵焼きを箸で口に運びながら言った。


「今日は…… ちょっと食欲が無いので。」


 那由多はいつもより力なく微笑んだ。


「大丈夫?もう夏バテ?何か少しでも食べた方が良いよ!このゴボウの肉巻きいる?それか、さっき売店でおやつように買ったロールケーキもあるよ!」


「うっ、だ、大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。」


「……そうなの?まあ、いいや。私はもうお腹いっぱいになったから、取り敢えずこのロールケーキはあげるね!食べたくなったら食べなよ!!」


 珠央は立ち上がって那由多の机にロールケーキを置いた。 しかし、それを見た那由多の顔はみるみるうちに青ざめていった。


「すみません、今はちょっとこれは無理です……」


 那由多はそう言って突然立ち上がると、駆け足で部室を出て行ってしまった。 呪石じゅせきの呪術で那由多に縛られているヨーコも引きずられるようにして、部屋から出て行った。


「なんなの……!?那由多くんってつくづく変な人……。」


 珠央は部室に一人残されて弁当箱の片付けをしていたが、数分後に、ヨーコだけが帰ってきた。


「オラ、自由だゾ!!」


「あれ?ヨーコだけ?那由多くんはどうしたの?」


「なゆたは、トイレから出てこれなくなったゾ!」


「そんなに体調悪いの?」


「今日のなゆたは、うずまきやグルグルがダメなんだゾ!朝、オラが大好物のカタツムリをあげてから、ずっとあの調子だゾ!」


「かたつむり……?それで具合悪いんだ。でも、なんでヨーコは解放して貰えたの?」


「分からないけど、オラがトイレの前にいると、よけい気持ち悪くなるって言って、じゅず取ったゾ!!オラ、自由だゾ!!」


「なんだ、意外とヨーコってやられっぱなしな訳じゃないんだね。那由多くんでも弱いとこあるんだ……!いいこと聞いちゃった。」


 珠央はそう言うと、何か明暗が閃いたというように目を輝かせて続けた。


「それで、ヨーコはこれからどこ行くの?予定がないなら、ちょっと私と遊ばない?」


「なにして遊ぶんだ?」


「二人で透明になって、学校探検!!ヨーコと心の声で喋れるようになったし、誰にもバレずに色んなとこ行けるよ!」


「それ、悪いコトじゃないか?なゆたに悪いコトしたらダメって言われたゾ!!」


「大丈夫、大丈夫!!ちょっとのぞくだけだもん。あとで干物あげるからさ、ねっ?」


「ホントか!?悪いコトじゃないなら、タマオと一緒に遊ぶゾ!!」


 宙に浮いているヨーコと珠央は手を繋いだ。 ヨーコは、右手にプラスチックのカップを持って透明に擬態し、左手は珠央の手を握っている。

 珠央の体は、ヨーコと繋いだ手からジワジワと体が透けて見えなくなっていく。


 珠央はそのまま、部室の壁に掛かっている金縁の大きな姿見の前に立った。


「すごい!本当に透明になってる!!これ、一度やってみたかったんだよね!!透明人間ごっこ!!でも、那由多くんに怒られるから言い出せなかったの!!」


 珠央は鏡の前でくるりと一回転して自分の全身を見た。鏡には誰もいない部室の風景が映っている。


「じゃあ、ここからは声出しちゃ駄目ね!!」


(分かったゾ!!)


 珠央は、ヨーコを引き連れて、まずは部室のある別館を見回すことにした。既に午後の授業が始まっていたが、珠央はそんなことは忘れて透明人間ごっこに夢中になっていた。


(見た目が透明になるだけじゃなくて、壁もすり抜けられるんだね!)


(すり抜けられるのは、妖怪の特徴だゾ!タマオは今、オラの一部だからタマオもすり抜けられるようになってるゾ!!)


(そっか!じゃあ、私は今妖怪なんだ!!)


 珠央ははしゃいでそれぞれの部屋の中を飛び回り、ヨーコはお菓子を物色した。

 二人は別館を一通り回り終えると、本館に移動した。


(タマオ、次はどこに行くか?)


(普段は入れない部屋が良いなー。あっ、教官室はどうかな?ちょっと高級なお菓子とか、お酒とかあるかもよ!)


(酒があるのか?行くゾ!!)


 この学校の教官室は、教科ごとに点在している。 理科教官室は理科室の隣、体育教官室は体育館の隣、その他の教官室はそれぞれの資料室の隣にある。


 珠央は、まず一階の職員室と数学資料室の間にある、数学教官室に入った。


(数学は飲んべえのオジサン先生が多いから、お酒あるかも。)


 教官は皆授業に行っているようで、この部屋には誰も居ない。それぞれの教官の机の上には、大きな三角定規や分度器、プリント類が置かれている。


(……酒、無いゾ……)


 ヨーコと珠央は、教官室の奥にある小さな冷蔵庫を開けてみたが、中には使い掛けのマヨネーズと誰かの食べ残しのコンビニ弁当が入っているだけだった。


(残念……あ、ここに柿ピーならあるよ!!)


 珠央が机の上で柿ピーの袋を見つけて差し出すと、ヨーコは目を輝かせ、さっそく封をこじ開けてムシャムシャと食べ始めた。

 珠央は柿ピーの袋の下にあったプリントに目を止めた。


(あっ!!これ、次の期末テストだ!!!ラッキー!!ちょっと見ちゃおっ!!)


 珠央がテスト用紙を見ている横で、ヨーコは柿ピーを食べている。


(これって、もしかして、他の教科の先生達の机にもあるかもっ!!)


 珠央はそう言うと、ヨーコを引っ張って数学教官室を後にした。


(タマオ、次はどこに行くんだ?)


(次は、職員室の奥にある英語教官室!!私、英語が一番苦手なんだ!)


(酒、あるのか?)


(カナダ人の先生とアメリカ人の先生が居るから、何か外国のお酒があるかもね。)


 二人は英語教官室に到着し、扉の小窓から中を覗き込んだ。 中には教官が一人席に座っている。 二年生の後半クラスの英語の授業を受け持っている、川上さな子先生だ。

 さな子先生は、教師歴二年目の若くて小柄な女性で、英語を喋る時の声と仕草が可愛いとのことで、一部の男子生徒から人気がある。


 珠央とヨーコは、そっと扉を通り抜けて部屋に入り、まず冷蔵庫へ向った。冷蔵庫はさな子先生の机の正面、彼女の視界に入る位置にある。 珠央とヨーコは扉を開けずに、顔だけを冷蔵庫に埋めるようにすり抜けて中を見た。

 中には、お菓子用のブランデーのビンが入っていたが、中身は一口程度しか残っていない。 それ以外には、丁寧にピンクの包装紙でラッピングされた箱が入っているだけだ。


(この箱、イイ匂いがするゾ!!食ってもいいか?)


 ヨーコが鼻先でつついた箱には、小さな紙が挟んであるのが見えた。


(それは辞めた方がいいよ。きっと特別なお菓子だよ。ここからじゃ見えないけど、これメッセージカードじゃないかな?)


 ヨーコは冷蔵庫の中に入り込んで箱を確かめているが、珠央は冷蔵庫の中のひんやりとした空気に耐えられず、顔だけを突っ込んだ体勢のまま言った。



「はぁ~。……あーっ!!駄目だわっ!!集中集中っ!!」


 二人が夢中で冷蔵庫の中を物色していると、突然後ろから大きな溜め息と独り言が聞こえた。

 珠央が驚いて振り向くと、さな子先生は左手で自身の髪の毛をくしゃくしゃと乱暴に撫でていた。珠央はその様子が気になり、ヨーコを引っ張って先生の背後に向かった。


 ヨーコが瓶に手をかけたところで急に引っ張られたので、ブランデーが冷蔵庫の中に飛び散った。

 二人が去った冷蔵庫の中では、メッセージカードに飛んだブランデーの飛沫がジワジワと浸透し、書かれた文字を滲ませていった。

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