第18話 集う爪(つどうつめ)

闇の影が広間を覆(おお)い、石壁が不気味に揺らめいた。

冷たい風が吹き抜け、松明(たいまつ)の火がかすかに揺れる。


「ご主人様、離れないで!」

柊(しゅう)が叫んだ瞬間、闇が裂(さ)け、黒い腕のようなものが伸びてくる。

俺は反射的に柊(しゅう)の手を握り返した。


――だが、次の瞬間。

闇が分裂し、俺と柊(しゅう)の間に壁を作り出した。


「柊(しゅう)!」

必死に呼んでも、声は闇に吸い込まれて届かない。


闇の囁(ささや)きが、耳の奥に入り込んできた。


(……お前はただの人間。王子の力を縛るだけの存在……)

「やめろ……俺は……」

心が揺れる。足がすくむ。


そのとき。

頭の奥に、澄んだ声が響いた。


(……ご主人様、僕を信じて)


柊(しゅう)の声だった。

隔てる闇を越えて、確かに届いている。


「柊(しゅう)……!」


闇の腕が再び襲(おそ)いかかる。

その瞬間、俺は胸の奥から声を絞り出した。


「俺は足枷(あしかせ)なんかじゃない! 柊(しゅう)と一緒に戦うんだ!」


次の瞬間、握っていた手の感触が戻る。

柊(しゅう)が闇の壁を突き破り、俺の隣に立っていた。


「ほら、僕はご主人様がいないと立つことができないよ」


耳と尻尾(しっぽ)が揺れ、金色の瞳がまっすぐに俺を見つめる。


胸の鼓動が重なった。

揺らぐ光の中、二人は再び並んで闇に立ち向かう。






闇の圧力が広間を覆(おお)い尽くし、息が苦しいほどだった。

柊(しゅう)は必死に立ち向かっているが、その瞳に焦りが宿り始めていた。


「ご主人様……このままじゃ……!」


黒い影の触手(しょくしゅ)が何本も伸び、俺たちを飲み込もうとする。

思わず腕を伸ばし、柊(しゅう)を庇(かば)ったその瞬間――。


「――ニャーアア!」


柊(しゅう)の喉(のど)から放たれた鳴き声が、神殿に響き渡った。

ただの叫びではない。王子の血筋を持つ者だけが奏でられる“呼び声”だった。



その声に応(こた)えるように、月明かりが天井から差し込み、光の粒が舞う。

次の瞬間、光の中から姿が現れた。


白猫が優雅に歩み出て、黒猫が影のように寄り添う。

三毛猫、キジトラ、灰色の猫たち……それぞれが月光を浴びて力強く目を光らせている。


「これ……みんな……!」

俺は息を呑(の)んだ。


柊(しゅう)の耳がぴくりと揺れ、心の声が響く。


(……仲間たちだよ、ご主人様。僕ひとりじゃない。ずっと、猫たちは人間と共に戦ってきた)


胸が熱くなる。

仲間猫たちが柊(しゅう)を守るように輪を作り、その中央に俺と柊(しゅう)が立つ。


「さあ、ご主人様。みんなで一緒に!」

柊(しゅう)の瞳が輝き、仲間猫たちが一斉に声を上げた。


闇の影がうねる。

しかし、その中心に確かな光が灯っていた。


それは――人間と猫、そして王子を結ぶ絆の光だった。

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