第12話 選ばれる理由

広場に漂う空気は、いつになく張り詰めていた。

長老の深い瞳が、柊(しゅう)と——そして俺をも見据えている。


「柊王子(しゅうおうじ)。そなたが“選ばれた理由”を、今こそ知る時だ」


その声は、石畳に響いて重くのしかかる。

柊(しゅう)は拳を握りしめたまま、静かにうなずいた。


長老が語ったのは、この国の古い伝承(でんしょう)だった。

かつて猫の国と人の世界を結ぶ扉は、互いの信頼によって支えられていた。

しかし、欲望に飲まれた者たちが闇を生み、国を乱したという。


「その闇を鎮めるのは、“二つの世界をつなぐ血筋”の者のみ」


柊(しゅう)の背後に月光が差し込み、その髪が金色に揺れる。

「……僕が、その血筋」

小さく呟いた声が、夜の静けさに吸い込まれていく。


「だが——」

長老は今度、俺の方を見据えた。

「王子ひとりでは足りぬ。隣に立つ者もまた、選ばれし存在」


「……俺?」

思わず声が裏返る。

「いや、待ってくれ。俺はただの人間だ。特別な力なんて——」


言いかけたとき、隣からそっと手を取られた。

柊(しゅう)の掌は温かく、けれど震えていた。


「ご主人さまがいなかったら、僕はここに立っていない。

選ばれた理由は……きっとそれだよ」


——ピョコン。

白い耳が現れ、心の声が響いた。


(……一緒にいてくれるだけでいい。それが僕の力になる)


「柊(しゅう)……」

胸が熱くなり、言葉が続かなかった。


だがその瞬間。

広場の端に黒い影が揺らめき、不気味な囁(ささや)きが響いた。


(……人間は弱い。王子を縛る足枷(あしかせ)だ)


ぞくぞくと背筋が凍りつく。

柊(しゅう)の手を握る力が強まったのを感じ、俺は唇を噛(か)んだ。


「……足枷(あしかせ)なんかじゃない。俺は——」


まだ答えは言えなかった。

けれど、胸の奥に芽生えた決意は確かにあった。


月明りの下、俺と柊(しゅう)の絆は、試練の始まりとともに試されようとしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る