第3話耳と尻尾(しっぽ)、出ちゃった!?

翌朝。

陽介(ようすけ)は目覚まし時計のベルに飛び起き、慌(あわ)ただしく着替えを始めた。

仕事の始業時間が頭をよぎるたび、焦りで胸がぎゅっと締めつけられる。


「ネクタイ……あれ、どこにおいたかな」


バタバタと部屋を探し回る陽介(ようすけ)の後ろで、

柊(しゅう)は布団の上に寝転がりながら猫みたいに大きく伸びをしていた。


「ん〜……おはよ、飼い主」

「……その呼び方で呼ぶなよ」

「えー、だって僕の飼い主は陽介(ようすけ)しかいないから」


悪びれもなく笑う柊(しゅう)に、陽介(ようすけ)はため息を吐いた。


玄関に靴を揃えて立つと、柊(しゅう)がちょこちょことついてきた。

「ねえ、いってらっしゃいのキスは?」

「はぁ!? なにをいっていつんだよ、バカ」

「だって、昨日、契約(けいやく)のキスをしたよね?

飼い主と猫男子なら、毎朝するのが当たり前でしょ」

「そんなルール聞いたことねえなあ!」


抵抗する陽介(ようすけ)を見上げながら、柊(しゅう)はぐいっと顔を近づけてきた。

仕方なく軽く口づけを返した、その瞬間――。


――ピョコン。


「うわっ……!? なんだあ!……」

驚(おどろ)く陽介(ようすけ)の目の前で、

柊(しゅう)は耳を押さえ、震える声で言った。

「み、見(み)ちゃ……ダメ……」

「ダメって……耳を……隠せるわけないだろ」


月明かりの下(もと)、柊(しゅう)の髪の間から白い猫耳がぴくりと動いた。

さらに背中の方からは、ふわふわの尻尾(しっぽ)が――。


「うわあ!? な、なんだあ!」

陽介(ようすけ)は思わず後にさがった。

柊(しゅう)は顔を真っ赤にして、耳を押さえたまま目を伏せる。

「み、見ないで……お願い……」

「お、おい……まさか本当に猫なのか……?」


そのとき、陽介(ようすけ)の頭の中に声が響いた。

(……ほんとは行かないでほしい)

「……え?」

思わず振り返ると、柊(しゅう)は涙をこらえるように微笑んだ。

「僕……猫の国の王子、一応

恋をしてキスをすると、こうやって猫の姿になる。

しかも……飼い主にだけ、心の声が聞こえるようになる」

「王子……猫の国……?」

陽介(ようすけ)の頭は情報でいっぱいになり、追いつけない。

「でもね、陽介(ようすけ)だけだから。僕の声を聞けるのは」

そう言って柊(しゅう)が見上げると、その目は子猫のようにまっすぐで、

でもどこか切なげだった。

「……はぁ。もうわけわからないけど……まあ、猫男子なら耳と尻尾(しっぽ)ぐらい普通だよな」

「強がらなくてもいいのに」

柊(しゅう)は拗(す)ねたように尻尾(しっぽ)をばたばた揺らすと、すぐに笑顔を取り戻した。

「でも、安心した。やっぱり僕の飼い主は陽介(ようすけ)だ」

陽介(ようすけ)は赤面しながらカバンを肩にかけた。

「……遅刻するから、もう行く」

「いってらっしゃい、飼い主!」

柊(しゅう)の明るい声に背中を押され、玄関のドアを開く。

けれどその夜。

柊(しゅう)は窓辺に立ち、月を見上げながら小さく呟(つぶや)いた。

「……猫の国からお呼びがかかっている」

尻尾(しっぽ)がかすかに揺れ、彼の瞳に一瞬、王子としての影が宿った――。

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