ゴブリンと三人の息子たち(邪悪なるモノ)

スター☆にゅう・いっち

第1話

 森に棲むゴブリンと人間は、かろうじて共存していた。

 彼らは獣を狩り、時に交易の真似事をすることもあったが、肉食の本能は抑えがたい。狩りに失敗したとき、犠牲になるのは決まって人間の子供だった。さらわれ、喰らわれる。町の誰もが知る恐怖であった。


 町はずれの森の小屋に、三人の兄弟が暮らしていた。

 長兄ベンヤミン十五歳。大柄で腕っぷしが強く、乱暴だが頼りがいがあると町では言われていた。

 次兄ハンス十四歳。口数は少なく、しかし兄に従い、時に弟へ冷淡な命令を下す少年。

 そして三男ヨーゼフ十二歳。兄たちに食事を奪われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。内気で目立たぬ性格だが、心の奥底には言葉にできぬ暗い澱があった。


 ある日、両親が用事で町へ出かけるとき、兄弟に言い聞かせた。

「知らない人が来ても扉を開けてはだめだ。ゴブリンは人の言葉を真似るのだからな」

 その言葉を、ヨーゼフは胸に刻みつけた。兄たちが鼻で笑っているのも知りながら。


 夕刻、空が群青に染まり、森から冷たい風が吹きつけたころ、扉を叩く音が響いた。

「……お菓子いらんかね?」

 かすれた声に、ヨーゼフはぞくりとした。窓からのぞくと、小柄な老婆が立っていた。フードで顔を深く隠し、背はかがみ、手には小さな籠を提げている。


「名前を言ってよ」ヨーゼフは声を震わせて問いかけた。

「……あたしだよ」


 間の抜けた返事に、ヨーゼフの警戒は一層強まった。だが、兄たちは笑い飛ばす。

「ばか、町の行商人だろう」

「臆病者め。ほら、開けてやれ」

 ベンヤミンは力ずくで弟を押しのけ、閂を外した。


 扉が開いた瞬間、老婆は鋭い光を放つダガーを抜いた。

 ベンヤミンの胸を一突き。呻き声を上げる暇もなく、血が飛び散る。

 振り返ろうとしたハンスの喉も刃が裂いた。赤黒い血が床を染め、彼は崩れ落ちた。


 フードが外れ、現れたのは緑の皮膚と尖った耳――ゴブリンだった。

「イィィ……!」

 甲高い叫びに応じて、森の奥から三体のゴブリンが駆け寄る。彼らは倒れたベンヤミンの亡骸を担ぎ、闇の中へと消えていった。


 残されたヨーゼフは、恐怖に震えながら扉を閉ざし、かすかな灯りの下でナイフを握りしめた。床に倒れたハンスはまだ息があった。血にむせび、苦しげにうめき声を上げる。


 ヨーゼフはしばしのあいだ、その姿を見つめていた。兄の手が弱々しく伸び、助けを求めている。しかし――心の奥にこびりついた怨念が、彼の腕を動かした。

 ナイフを握り直し、その胸に深く突き立てた。

 ハンスは小さく痙攣し、やがて動かなくなった。


 ――ずっと憎らしかった。

 食事を奪い、暴力を振るい、言葉ひとつ優しさを見せない兄たち。

 ようやく、この家は自分ひとりのものになった。


 夜、両親が戻ると悲鳴が小屋に響き渡った。血の匂い、荒らされた室内、そして息絶えた二人の兄。母は髪をかきむしり泣き叫び、父は震える手で弟を抱きしめた。ヨーゼフは涙を流すふりをし、声を殺して嗚咽した。


 翌日、騎士隊が組まれた。森に突入した兵たちは十体のゴブリンを討伐し、町の広場でその首を晒した。ベンヤミンの遺体は喰い荒らされ、衣服の切れ端しか残っていなかった。町人は皆、口をそろえて「許されぬ獣め」と呪った。


 両親は泣きながら二つの墓を作った。ヨーゼフも土を掴み、涙を見せた。だがその胸中は冷ややかだった。

 ――もう食事を奪われることもない。両親の愛情は自分だけのものだ。町の人々も同情し、優しくしてくれる。


 数日後、ひとりの少女が墓参りにやって来た。

 アンナ、十五歳。町一番の美貌を誇り、裕福な家に育った娘。ベンヤミンの恋人でもあった。彼女は墓の前に膝をつき、真珠のような涙を流した。


 その背にそっと抱きつき、ヨーゼフは一緒に泣くふりをした。少女の柔らかな体温、髪の甘い香り。胸の奥に、これまで抱いたことのない感情が芽生える。


 ――いつか、この少女も自分のものにしよう。


 ゴブリンは邪悪なものだと、人は言う。だが本当に邪悪なのは誰なのか。

 ヨーゼフは血に濡れた過去を心の底に封じ込み、墓前で静かに笑みを浮かべた。

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ゴブリンと三人の息子たち(邪悪なるモノ) スター☆にゅう・いっち @star_new_icchi

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