純心な子犬系妹と溺愛する甘やかし系兄の異世界系
糺ノ色
第1話 馴れ合う兄妹の日常系
肌にじっとりと伝う汗の感覚、その心地悪さで意識が一気に覚醒した。
掠れた視界に青影に染まった天井が映る。
窓の外からはセミの合唱が聞こえていた。
汗を吸ったシーツの感覚は気持ち悪く、体の上にやたら暑苦しい重みを感じる。
右の耳元から聞こえた唸り声――釣られて其方を見てみれば、寝苦しそうな唸り声を上げながら俺の肩を枕にしている妹の頭があった。
「…………」
纏めた髪を肩から下ろし、タンクトップに短パン姿で寝ている妹、その首筋には暑苦しそうな汗が伝っている。
確認したクーラーは運転中だった。しかし、持病を悪化させている様で、生ぬるい風しか出ていない。
身体の上から妹を退かせ、ベッドを抜け出し窓を開ける。いや締めた。
部屋が余りにも暑苦しい物だから、いっそ外の方が涼しいのでは? と思ったが、全然そんなことは無かった。
「うぅ、ぅ……」
唸り声に釣られて振り向くと、妹がシーツの上で腕を泳がせていた。その腕に枕を与え、タオルケットをお腹へ掛け、扇風機を入れて自室を後にする。
部屋の外は一段と暑苦しい。襟元をパタつかせながらリビングへと入る。リビングの掛け時計は昼前を指していた。
少々寝過ぎた感が否めない、休日だからと言って、暑さに感けて溶け過ぎて居たかも知れない。
取り敢えずはクーラーを入れてソファへ沈んだ。すると勝手に出て来る一息。
右から左へ首元を撫でて行った冷風が、頭を冷やし全ての雑念を洗い流して行く。
――ふと気が付けば、時計の針が15分経過していた。
「……しょっ」
そろそろ動くぞ。の心意気で、動きたがらない腰を上げ、背筋を反って唸りつつ、カウンターキッチンへ入る。
冷蔵庫と食器棚の下の引き出しを確認し、昼食は素麺に決めた。しかし其処で思い出す。三日前の夕食時に、美鐘が「素麺は飽きた」とぼやいていたことを。
あの日から三日しか経っていない、美鐘の飽き期間はまだまだ継続中だろう、素麺を出すのは控えた方がいいかも知れない。
かと言って冷蔵庫の中にはトマトしか残っていない、作れる物が素麺以外に何も無い。
取り敢えず、今日のお昼は素麺で我慢して貰うか? とはいえ嫌な物を態々用意して食わすのはどうなんだ? ならいっそ用意しない方が良いまではある気がして来る。
一体どうするべきだろうか……
◇◇◇
――玄関で靴を脱いでいると、リビングから美鐘が顔を覗かせて来た。
目が合うとちょろちょろ近付いて来る妹、其の視線は俺が手にしていたコンビニ袋に釘付けだ。
「何処行ってたの?」
「昼飯買ってきた」
ふーん、等と唸った妹が、俺の指から袋の手提げを片側だけ掬い取り、袋を広げて中身を確認する。
「……ジュースはー?」
「アイス買ってるだろ」
「アイスじゃジュースの換わりにならないじゃん」
「じゃあ下で買って来いよ」
「えー……?」
隣に並んで歩く妹と共に、袋をテーブルまで運んだ。
キッチンに入って手を洗い、テーブルの前まで戻る。
袋の中身をテーブルに広げていく、その様子を隣から眺めて来る妹、その姿は餌待ちのひな鳥の様だった。
妹の前に冷しゃぶサラダと氷菓子を置いて、俺の分の冷しゃぶも袋から出し、これらを携えモニターの前にあるローテーブルまで移動した。
ソファへ沈めば自然と出て来た溜息、隣に掛けた妹が一足先に「頂きます」をしている。
美鐘に続いてお行儀良く挨拶し、遅めの昼食にありつく。
「んぐんぐ、お兄ちゃんお茶は?」
「自分で取りに行けよ」
俺は席を立って、キッチンからお茶の入ったポットとグラスを二つ持ってテーブルに戻る。
美鐘の前にグラスを置けば、さも当然の様に「ん」等と言って来る怠惰の化身、化身のグラスにお茶を注いでやると、妹はグラスの中身を一気に飲み上げた。
「はぁー……けぷ」
「はしたない」
空になったグラスにお茶を注いだ。
中断していた食事に在り付こうとした所で違和感に気付く。
気の所為だろうか、席を立つ前よりも、数と言うか積量と言うか、パッと見の肉のボリュームが減っている気がするのは。
冷しゃぶサラダならぬ、ほぼほぼサラダと化した弁当を無言で見下ろす。
等としていると二の腕に肩をぶつけて来た妹、そして此方の弁当を見下して来る。
「どうしたのお兄ちゃん、んぐんぐんぐ」
「……いや、お肉の量が少ない気がして……お前誘拐した?」
「そんなことする訳ないじゃん」
ふと気になって妹の冷しゃぶサラダを確認する。
すると其処には、弁当がパッケージングされていた時よりも、肉の量が増えた印象の冷しゃぶサラダがあった。
食事に全くを口にしていない俺よりも、明らかに肉の量が多い妹の冷しゃぶサラダ。
どう考えても俺の肉が其処へあった。
「……どうして全く料理に手を付けていない俺より、お前の肉の方が多いんだ?」
「……いっぱいよそってある方を取らないのが悪い」
「これコンビニ弁当だから、同じ量同じ価格が付けられた企業のお弁当。家庭料理みたいな差は出ないから」
「…………」
何を思ったのか、美鐘が肉を全て口の中へ放り込み、リスの様に頬を膨らませる。
咀嚼する度窮屈そうに左右している頬を両側から鷲掴んでやれば、辞めろとでも言う様に首を振るわれた。
盗人を働いた罰として、氷菓子を奪って妹の手が届かない距離まで遠ざける。
「んーッ」
「もういっぱいお肉食べただろう、このお菓子はカロリーが足りない兄ちゃんが食べます」
「ヴッ」
「何が言いたい、兄は草でも食んでろってこと? はぁー、セルロース分解してぇなー俺もなぁ」
もちもち、もちもちと急いで肉を咀嚼した妹が、奪った肉を綺麗さっぱり片付ける。
「お肉とってないもんっ」
「それは流石に無理があるだろう」
妹がお菓子へ腕を伸ばし実力行使に打って出る、其の手を実力行使ではたき落とす。
心底不服そうな唸りを上げる食い意地の悪い妹。
「噛まない噛まない箸を意地汚く」
「けちっ 嫌いっ」
「…………」
……まぁ……俺は兄だし。妹の悪戯程度笑って許すのが年長者と言う者だろうか。
テーブルの端の方に遠ざけていた氷菓子を、すぅ……と滑らせ妹の元へ返す。
不服から一転元気を取り戻す妹の面。
「好きっ」
「……まぁ兄ですし? これくらいはね」
気分良さ気に食事を再開した妹、俺もほぼほぼサラダを胃に収めて行った。
◇◇◇
「お兄ちゃーん、お風呂の床がカビてた」
見つけて偉いとでも言いたげに、或いは褒めろと要求する様に、リビングに戻って来た妹が報告してきた。
「なら掃除もしといてくれ」
「えー? めんどくさい」
「面倒な事を人に押し付けて良心とか痛まない?」
「押し付けてないよ、みかね教えただけだし」
ソファに上がった美鐘が、俺のスマホを覗き込んで来る。
すると眼下に妹の頭が割り込み、スマホの画面が全く見えなくなってしまった。
「何してるの?」
「秘密」
邪魔な頭部を退かせれば、何をするとでも言いたげに側頭部へ突き刺さって来る頭上。
妹は、そのまま肩に寄り掛かり、体を預けて来ると、一緒になってスマホを覗き込んで来る。
「……それガチャガチャがあるゲーム?」
「ガチャガチャが無いゲーム」
「ふーん……お兄ちゃん黒猫ってどう思う?」
余りにも唐突な話題変更に嫌な予感を覚える。
「……一体何が言いたい」
「黒猫は静かな子が多くて、ちゃんと躾けたら全然鳴かないんだって」
「ふーん」
「……ね?」
「知ってたか妹、このマンションはペットの飼育が禁止されているんだ」
「黙ってたらばれないと思うっ」
「却下です。公園の野良とでも戯れて下さい」
等と拒否れば、俺の二の腕を体毎前後に漕ぎ散らかし出す妹。
「みかねだけの子が欲しいんだよぉッ」
「大人になってから自分で飼って下さい、操作出来ないから腕振り回さないでくれません?」
妹は一頻り腕を引き押しして駄々を捏ねた後、そんな行動では兄を折ることは出来ないと悟ったのか、「けち」と吐き捨てリビングを後にして行った。
廊下の方から扉の閉まる音が響いて来る。
改めてスマホの操作に集中する、妹に邪魔をされて居る内にゲームの残機は一桁にまで減っていた。
此処から先は暫く気の抜けない戦いが始まりそうだ。
等と考えていると美鐘がリビングへ戻って来た。
スマホを見下す視界の奥で、俺の前を行き来し出した妹の足が映る。
反応するのも面倒臭くて、無視を決め込んでゲームの操作へ集中して行く。
すると妹は先程とは反対隣へ座り込み、身を寄せて来て、スマホを覗き込んで来た。
「何してるの?」
「久しく兄も怒るかも知れぬ」
「構えーっ」
体を漕ぎ漕ぎ腕を引いて来た妹によって、残った残機も全消してしまった。
◇◇◇
「ふぅ……」
風呂掃除を終えてリビングに戻って来ると、妹がソファを占領して眠りこけて居た。
其処を占領されると疲れた俺が寛ぐ場所を見失うんだけど。
寝ている妹の前でしゃがんで、気持良さそうに寝ている寝顔を見下ろす。
いびきこそ無いが、今にも「くかー」と鳴り始めそうな半開いた口の端から、涎が若干垂れていた。
口を開きながら寝たら虫歯の原因になる為、顎を引き上げ口を閉じさせる、するとむにむに波打つ口の線。
俺の部屋からタオルケットを持って来て、此れを妹の腹へ掛けた。
クーラーのリモコンを確認すれば、案の定19度まで下げられている室温、設定温度を24度まで上げて、欠伸を噛みつつ自室へ戻っていく。
部屋に戻ると自然と出てくる溜息、足元へ転がっていたリモコンを操作してエアコンを付け、薄暗い室内を徘徊して、崩折れる様にしてベッドへ沈んだ。
肌を撫でた冷たい空気、これを吸って人心地付く。
期限付きの極楽な冷気、この極楽は後どれ位持つのだろう? と考えている内に、草臥れた体に同調する様にして、意識が眠りに落ちて行った。
「――んが?」
唐突に眠りから覚めた。
妙な時間に目覚めてしまったことを、起きた瞬間に自覚出来る目覚めだった。
いけない感じの目の覚め方だ、いつも、こうした目覚めを切っ掛けに生活習慣が乱れてしまう。
水だけ飲んで直ぐに寝直した方が良さそうだ……等と思って体を起こそうとした所で、それが叶わなかった。
何事かと思って体を見下して見れば、胸に抱きつき、右肩を枕にして寝る妹の姿があった。
何処かのタイミングで此方へ寝直しに来たらしい妹。妹へ掛けたタオルケットも、何時の間にやら二人の腹へ掛け直してあった。
暗く染まった部屋の中、窓から差す街明りで浮かんだ妹の寝顔は、安心し切った様子だ。
起こしてしまうのは躊躇われる妹の姿、そんな姿を見てふと思い出す、今日だか昨日は夜ご飯を食べて居なかった事に。
「……」
まぁ一日位メシを抜いても良いかと思い直し、シーツに沈んで瞳を閉じた。
重なった部位が暑苦しくなり始めている。エアコンの持病が悪化するのは、時間の問題に思えた。
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