黒狼は今日も愛でられたい

零壱








窓の側に置かれたクッション。

ベッドの半分くらいありそうな大きさの、もちもちとしたそれの上で丸くなる。

鉄の格子が嵌った大きな窓からは暖かな午後の陽射しが降り注いでいて、ここで日光浴をするのが最近のお気に入り。


尾をパタパタと揺らしながら前脚で長い鼻先をひと撫でする。

流した視線の先、壁際の姿見に映るのは超絶カッコいい黒狼だ。


全身を覆う真っ黒な体毛はツヤツヤ。

ピンと張った大きな三角耳にふさふさの尻尾が自慢で、後ろ脚だけで捕まり立ちすればヒト族の雄の平均身長くらい。

別に二足で歩くわけじゃないからそんなことしないけどね。狼は四足歩行。常識でしょ。


肉球までちゃんとペロペロして、金色の瞳を瞬いたらチェックは終了。


(今日もイケてる)


ナルシストとかじゃない。

俺がカッコいいのは単なる事実。

だからヒト族も獣人も揃ってちやほやするし、今みたいに拉致からの監禁なんて目にも遭う。


そう。

実は俺、絶賛監禁され中なんだよね。

今日でちょうど二か月かも。ってことはつまり記念日だ。


(監禁記念日とか面白すぎない?)


浮かんだ発想に自分で笑っちゃう。

尻尾で一度クッションを叩いた。


監禁されてるってわかりやすいシルシは首輪から伸びるゴツい鎖。

邪魔だなあって何回か千切ってたらその度に強度を増して戻ってきた。


怪我をするかもしれないから千切らないで欲しいって大真面目に言われて、じゃあこんなのしなきゃいいのにと思う。

鎖は長くて、この部屋の続き間にあるバスルームにも余裕で行けるくらいだから、拘束プレイが好きってわけじゃなさそうだけど。


牢屋でもお目にかかれなさそうな分厚い鉄の扉とぶっとい鉄格子の嵌った窓も気合い入ってる。俺を閉じ込める為にわざわざ改装したらしい。


これだけ見るといかにもって感じ。

でも酷い目に遭ってるわけじゃなくて、むしろ逆。


俺が彼と風呂に入ってる間に整えられる部屋は広い。寮の部屋が三つくらい入りそうだ。

キングサイズのふかふかベッドがドーンってあっても余裕で、彼が贈ってくれた物を飾ったりしまったりしてる棚とゆったりしたソファセットは落ち着いた焦茶色。

毛足の長いベージュのラグは抜けた毛が目立つんだけど、それも毎日丁寧に掃除されてる。


家具の良し悪しは知らない。

ここにあるのはやたらギラギラしてないし、丈夫そうだから気に入ってる。

デッカい花瓶とか壺とかがないのもいいよね。金持ちのヒト族の屋敷ってやたらそういうのあるから、気になっちゃうんだ。


いつも清潔でごはんは美味しいし、働かないでいいし。


(もう一生このまんまでいい……)


食って寝てヤって、また寝る。

自堕落最高。

彼との身体の相性だって抜群。

その上すっごくイイ匂いとブラッシングまでついてくるんだから堪んない。


(記念日だからはやく帰って来るかな)


ぐいーっと身体を伸ばしてまた丸くなる。日向ぼっこがめちゃくちゃ気持ち良い。

今日は朝から大好物のウサギのステーキが出てきて気分も上々。

思い出すだけでもヨダレが出る完璧な焼き加減だった。


(夕飯もステーキ出ないかなぁ)


栄養が偏るって気にしてるみたいだから連続ステーキはないかも。そう考えて、運動不足はいいの?って何気なく聞いた時にすごい悲壮な顔をしてたのを思い出した。

その後で解消に付き合ってねって押し倒したら呆気なくふにゃふにゃになったのまで浮かんできて、クスクス笑う。

獣人一人監禁してる割りにはアレもコレも弱々。かわいい。


部屋の中を満たすのはのんびりした空気だけだ。

誰の目もないっていい。

寝返り打ってお腹出しちゃうし、びろーんって後ろ脚も伸ばしちゃう。

背中をクッションに擦らせてから丸まって、耳をひと掻き。


微睡まどろんでたら聞き慣れた足音が廊下から響いてきた。

ちょっと弾んでる?

俺に会えるから気分が良いのかも。

扉の向こう、ガチャガチャと回る鍵の音がする。丸くなったまま片目を開く。


「アレン、ただいま」


人が一人ようやく通れるだけ開けて身を滑り込ませて来たのは彼こと、ルーエンだ。

ゴツくて豪華で立派な部屋に俺を閉じ込めている張本人で、思った通りいつもより来るのが早い。


くすんだ金髪と紺色の瞳の痩せた男。

よく言えばあっさり、悪く言えば特徴がない地味な顔の伯爵サマは今日もピシッとしたスーツ姿。

おめめパッチリでキラキラした金髪で、グラマラスな女とか骨格と筋肉がしっかりした男とかと遊んで来た俺の好みじゃない。全然ちがう。


(イイ匂い)


なのにルーエンが入って来た途端に香る甘い甘い匂いが俺を蕩けさせて、ゴロゴロ喉が鳴った。


「土産があるんだ。気にいると嬉しいんだが……」


自信がなさそうに言いながら急いで扉を閉めるのはいつも通り。

外から響く施錠の音に相変わらず用心深いなあっておかしくなる。そんなの、俺がちょっと本気になったらムダなのに。


ルーエンは肉食獣人の膂力りょりょくを全然わかってない。

ベッドの下に埋め込まれた鎖はベッド退かして床ぶち破ればいいし、窓も扉も無視して壁を壊せばいつでも逃げられる。好き好んでここにいるからそうしないんだっていうのをちっともわかってないんだ。


もしかしたら教えてあげればいいのかもしれないけど、言うつもりはない。

だってルーエンは何も聞かない。

聞かれないこと、わざわざ話す必要ないでしょ?

開けていた目を閉じた。


「アレン?起きているんだろう?」


ルーエンが床に腰を下ろす気配がしても聞こえないフリ。

狼だけど狸寝入りする俺を撫でる手はいつだって恐々したもので、気に入らない。


(もっとこう、ちゃんと撫でて)


そんな触り方じゃ不満だって尻尾でタシタシとクッションを叩いた。


「あぁ、わかった」


控え目に落ちた小さな笑い声がなんだか嬉しそうで、たったそれだけで俺まで嬉しくなっちゃうのって何でだろう。

何度か胴体を撫でてから顎の下に差し込まれた指に、俺はようやくルーエンを見る。


「まずは一緒に風呂に入ろうか。それからブラッシングをして、夕食を摂って」


両手で顔を包んで丁寧に滑る指が気持ちいい。

ゆっくり身を起こすと垂れ下がった鎖がじゃらりと鳴る。


「私のアレン」


繋がれた俺を見てうっとりと目を細めるルーエンは本当にどうかしてると思う。

それに甘んじている俺自身も相当ヘン。


鎖以外は確かに居心地最高、極楽天国だけど、逃げようと思ったことが一度もないなんて流石におかしいんじゃないかなって首を捻る。


ううん、この匂いが堪らないっていうのはわかってる。

ずっと探してた匂いだ。

そう簡単には離れられない。


あとはそう。

ルーエンが俺を見る目。


俺のことが大好きで仕方ない目がいいのかも。

と言っても、今までにたくさん見て来たキラキラして期待するものとは違う。


浮かんでるのは期待じゃなくて諦め。

仄昏ほのぐらく澱んだ紺色からは絶対逃がさないって執着とか執念みたいなのを感じて、尻尾がパタパタ揺れる。

俺は機嫌よく魔力を巡らせた。


淡い発光とともに俺の身体がカタチを変えていく。

狼型からヒト型へ。

その間も恍惚とした目を向けてくるルーエンの前、光がおさまった後は真っ裸だ。


ヒト型から狼型になる時には服が破れたりはしないんだけど、狼型からヒト型へ変わる時には服を用意しておかないと大惨事。

うっかり外でやらかした日には捕まっちゃう。全裸だからね。獣人達しかいない場所ならまだしも、王都に住む大半はヒト族なんだ。


「ルー」


両膝を床に着いて、両腕は伸ばして。

ここに来てからはヒト型になっても引っ込められなくなった耳と長い尾を揺らしながら、身体を抱き寄せて首筋に鼻先を埋めた。


「ここにいる。一人にして済まなかった」


ルーエンはすぐに抱き返してくれる。

目一杯息を吸い込んで堪能する。


(今日もルーは最高)


マタタビを嗅がされた猫みたいにバチバチにキまってくるのはルーエンの体臭だ。

汗とかそういうんじゃない。

嗅覚が鈍いヒト族にはわからない種類のもので、脳みそ溶かすような甘ったるいこの匂いは俺を簡単に発情させる。毎日抱いてても足りない。


(どうしてかなぁ)


どんなにエロい美人相手でもこんなことなかったのに。

不思議に思いながら、きっちり着こまれたスーツから覗いている肌をぺろりと舐める。

いつまで経っても慣れないルーエンはそれだけで過敏に震えて、煽られた俺がついついクッションに押し倒しちゃうのは当たり前。


「あ、アレン、先にシャワーを……っ、ぁ」

「匂いが薄くなるからダメ」

「匂い!?ま、待ってくれ、それならなおさらっ」

「ダメ」


顔を赤くして騒ぐ唇を唇で塞いで、片手でボタンを外していく。

このままここで抱いてお気に入りのクッションにたくさん匂い付けさせようと、丹念に舌を絡めながら開いた服の中に手を滑らせていく内、シャワーを諦めた指が肩に触れた。


「耳撫でて」

「耳?」

「うん」


おねだりすればそっと動く両腕。

それを横目に首筋から喉へ唇を這わせていく。

付け根をこしょこしょされてくすぐったさに笑いがこぼれた。

先端まで繰り返し丁寧に撫でる指。

テンションは上がる一方だ。


「ルー、もっと。しっぽも触って」


鎖を鳴らし、他の誰にも言ったことのない言葉を口に乗せる。

性感帯のひとつでもある耳や尻尾は両親くらいしか触ったことないし、触らせない。だけどルーエンにはいっぱい触って欲しい。


素直に伸びる手に向けて尻尾を動かしながら、ご機嫌な俺は本格的に脱がせにかかった。















初めてその匂いを認識したのは監禁されるずっと前。

今から数えたらたぶん四年前になると思う。


その頃騎士になって二年目だった俺の所属は獣人だけで編成された遊撃部隊で、他の部隊の騎士達から一目置かれるエリート部隊、なんだって。

戦争とか内乱とかのない平和な国だから任務自体は少なくて、訓練で終わる日がほとんど。


二十歳の俺は部隊の中で最年少。

兎獣人の父さんの遺伝子のおかげか獣体になれる濃い血のせいかは知らないけど、発情期とか関係なく性欲は旺盛で訓練だけじゃ体力が尽きない。


だから俺が毎晩狩りをするのは騎士団でもすっかりお馴染み。

決まった相手を作らないのも一回寝た相手とは二回目がないのも、いつの間にか広まっていた常識だ。

遊び人って揶揄われてもまぁそうなるのかな?って程度。困ったことはない。


年がら年中イチャついている両親に嫌気が刺して田舎から出てきた時から、そんな風に気に入った男や女の家を転々としてた。


騎士になったのも何となくでしかなくて。

家も決めずにフラフラしてた時に会った一人が騎士団長で、いつか刺されるぞってお説教されて言われるままに入団試験を受けたらアッサリ合格したってだけ。


まぁ、一晩の相手が爵位持ちとか金持ちに変わったのはイイコトだと思う。


やたら贈られる服とかアクセサリーとかの話じゃない。そんなのは騎士寮の部屋に押し込んで箱から出してもいなくて、騎士になる前に貰ったのは行きつけの店の倉庫に入れたまんま。今どうなってるかも興味ない。

使わないよって言ってるし、受け取るだけで十分でしょ。


イイコトだって思ってる理由は、振る舞ってくれる肉と酒が格段に美味しくなったから。

下町の食堂のおばちゃん達のごはんも好きだけど、肉と酒はどうしたって値段がものを言う。

あとはアレ。そういう人達は一晩限りの火遊びに慣れてるから気楽なんだ。いつでもまた来てって言うだけで引き留めたりしないから。


そんな俺だから、入団時、騎士とは絶対寝るなって念を押されて思わず笑っちゃった。

団長とは寝たのに?って。

まさか息子と同い年とは思わなかったんだって頭抱えてたの、本当におかしかった。


『おまえにもいつか番が出来るだろう。成人もしたんだからいい加減に落ち着け』


騎士団長のセルジオは溜息混じりにそう言った。

番を病気で亡くして、年に一度だけ、番の命日だけはどうしても独りじゃいられないって泣いた口でそんな事を言った。


そうなるくらいならとくべつなんて要らない。


ヤるのは楽しいしスッキリするから好き。

周りが言うようなドキドキとかワクワクは一切ない。

元々他人に対しての好き嫌いがない俺には、恋愛っていうものがわからない。


面倒なことは全部なしでヤりたい時にヤれればいいじゃない?

軽くなった身体で積まれた箱が窓を潰してる部屋に帰って、丸まって少しだけ眠る。


俺はきっと一生こんな感じなんだろうなって思ってたし、その日も何も変わらない一日になるはずだった。


「アレン、昼メシ行こうぜ」

「腹減ったー!」


訓練後、周りに集まって来て賑やかに話す仲間達も獣人だ。

色んな耳とか尻尾が見える中、俺だけ完璧な変体で完璧なヒト型。

黒い髪に金色の瞳の、背が高くて筋肉で引き締まったナイスバディのイケメンが俺。


完全に耳と尻尾を隠すのって実はすっごく魔力操作が難しくて、王都に来る前にたくさん練習した。

どうやってるんだとかすごいってよく言われるけど、いつの間にか出来たんだって答えてる。

誰かに何かを教えるのって面倒くさいから。


「ステーキがいいなぁ。ウサギのステーキ」

「やだ、僕食べられちゃう?優しく食べてね?」

「キッモ!」

「似合わねー!」

「おい、キモっつったの誰だ!俺様は可愛いだろーが!」


思ったことを口に出しただけで勝手に盛り上がる仲間達。

明るい笑い声と気安い距離感に俺もつられて笑っちゃう。


「アレンもなんか言えって!俺クッソかわいーっしょ!?」

「うーん。獣体のときはおいしそうかも」

「ガチで捕食されんじゃん!?」


大袈裟な悲鳴をあげて他の仲間に飛びつく兎獣人のシド。

獣人同士で捕食なんてしない。

違う意味でなら食べてもいいんだけど、そうしたらセルジオに怒られる。だからやっぱり食べない。

そういうのをわかってて毎回振ってくるんだからおかしくて───。


「………」


ふって意識が逸れた。

鼻先が動く。

風に乗って届いた匂い。

笑いが引っ込んで、足を止めた。


「アレン?」

「どーした?」


俺達を遠巻きに見るヒト族はたくさんいる。

ヒト族は獣人騎士が大好きだ。

番になれば一生一人だけを愛するってあたりがときめくって誰かが言ってた。浮気とか絶対しないし憧れるんだって。ヘンだよね。ヒト族にだってそういう人はいると思うのに。


ああ、違う。そんなのどうでもいい。

ヒト族が好む香水のせいで色んな匂いが混ざって出所がわからない。

見失ってしまう。

離れて行ってしまう。

そう思ったら感じたことのない───切なさ、みたいなのが胸に込み上げてきた。


「………どこ?」

「アレンっ」

「ちょ、おい!?」


ふらり。

ヒト族の方に足を向けると仲間達の慌てた声が背中にかかった。

王城にあるこの訓練場に集まるのは大抵騎士団の大切な出資者達で、安易に一晩の相手にするなって上から言い聞かされてるからだ。


でも今はそれどころじゃなくて、俺が近付くごとに大きくなる騒めきを掻き分けて探す。臭い。鼻が曲がりそう。なんでヒト族はこんな臭いのを好むんだ。


「好みのヤツでもいたのか?」

「あー、今夜のお相手探し?けどさ、下手に選んだらまずくね?」


両脇に寄って来たシド達には答えずに、しきりに鼻を鳴らしていたら急にヒト族が引いた。

波みたいにさーって離れて行く。


「げ、団長」

「おい、アレン。マズイって」


本気で焦った手に肩を掴まれて、振り払った。


「ねぇ?どこ?」


どうして出て来てくれないのかがわからなかった。

何の匂いかなんて知らないはずなのに、人だって確信している自分が不思議だった。


離れないで。

いなくならないで。


そればっかりが頭を占めて、媚びてくる瞳が心底煩わしくて。


「何してるんだ、おまえ達は。アレン、観客には近寄るなと言ってるだろう」

「うるさい」


手を払う。

大きくなった騒めきは動揺。

益々慌てた仲間達の声も全部ぜんぶうるさい。


「どこ?ねぇ、なんでいないの?」


匂いはとっくに見失ってた。

それが悲しくて辛くて、苦しかった。


「落ち着け」


グイッて腕を掴まれて引き寄せられる。

後頭部に添えられた手が、逞しい肩に顔を伏せろっていう。


「一体どうしたんだ?何を取り乱してる。おまえらしくもない」


子どもに言い聞かせるような優しい声の主はセルジオだ。

出会った日に一回だけ寝てからは、財布を持ち歩いたことがなかった俺に呆れながら色々と面倒を見てくれる、家族みたいな存在で。


「アレン?」

「………」


聞かれたって俺だってわけがわからない。

黙ったまま馴染んだ温もりに瞼を伏せる。


こんなに近くにいるのにセルジオの匂いは亡くなった番しか嗅ぎ取れない。

番った相手の匂いしかわからないセルジオは、俺や仲間達の匂いを知らない。


番うっていうのはそういうことだ。

獣人が番持ちには絶対手を出さない理由だし、浮気をしない理由でもある。

辛うじて子どもの匂いはわかるみたいだけど、それだって子どもに番が出来た途端に見失う。


もしいつか、万が一にでも俺に番が出来たら。


(今嗅いだ匂いもわからなくなるのかな)


それはすごく嫌だと、強く思った。








一年、二年。

抱いた感情がなんなのかわからないまま時間だけが過ぎていく。


それからも騎士団の演習場にいるとたまに届く匂い。

すぐに探してるのにやっぱり見つからなくて、落胆して、気休めにもならない夜を過ごす。


ヒト族との混血が進んだ今、黒狼は母さんの一族だけ。獣体になれるってなると更に少ない。

だからハーフの俺が黒狼になれるコトに嫉妬する血縁は一定数いたし、それでなくても希少種だ。


面倒くさいのはもう懲り懲りだから覚えた完璧な魔力操作も、ヤってると本能的に昂って耳と尻尾が出ちゃって。

目敏い人の口から黒狼だって話が伝わって浸透していくうちに、俺を誘う貴族の爵位が上がってきていた。


珍しさ、容姿、能力。

そういうので注目されるのは仕方ない。

俺がイケてる黒狼なのは事実だから。


でも結婚してとか付き合ってとか言われるようになってきたのにはちょっとうんざり。

そういうのがないのが良かったのに。

面倒くさい。


それでも権力使って無理やりどうこうってならないのは俺自身がめちゃくちゃ強いのと、毎週休日にセルジオの屋敷に行ってるのがいいんだと思う。


セルジオは侯爵で、騎士団長で獣人最強って言われてる獅子獣人だ。

王様も簡単には手を出せないけど少しは自重しろとかって小言を聞き流しながら、セルジオの息子と獣体になって庭を掘り返す遊びに夢中になる。


広い庭を二人で穴だらけにして泥だらけになるんだ。

額を押さえるセルジオと執事に笑って、夜になったら三人で獣体になって雑魚寝をした。

獅子二頭に黒狼一頭。

なんだかヘンな図だけど、好みの相手を抱くよりよっぽどいい気晴らしになった。


三年、四年。


相変わらずふとした時に香る。

どんどん強くなる匂いは甘さまで持ち始めていて、それを嗅ぐ度にクラクラして酔っ払ったみたいに鼻が利かなくなる。ただでさえ香水臭いのにますます探し難くなっていた。


イライラと、どうしようもない寂しさばかり募っていく。


誰を抱いてもちっとも楽しくない。

なのに抱かずにはいられなくて、匂いもわからないのに温もりを求めるセルジオの気持ちがほんの少し、わかった気がした。


虚しいってこういうことかも。

つまらない。

ただ、つまらない。


そんな意味のわからない感情を持て余していた日。

仲間と話しながら、たまたまヒト族の集団の近くを通った時だった。


「街外れの泉が好きだよ。雨上がりとかすごくきれいで……」


そこで言葉を切る。

風に乗って流れてきたのは甘い匂いだ。

すぐに探す。

今。たった今、確かにあの匂いがしたのにもうしない。

もう、いない。


「またか?」


気遣わしげな声には答えなかった。

この匂いの持ち主はきっと、俺に会いたくないんだ。








珍しく入った任務で遠征してたのもあって、もう暫くあの匂いを見つけていない。

嗅いでも会えなくてテンションは下がるんだけど、なきゃないで更に下がっていく。


勲章の授賞式。

煌びやかなパーティー。


名前を呼ばれた俺は、セルジオに整えられた窮屈な正装の騎士服で、シャンデリアの光を反射して耀く金髪のヒト族の前に出る。


歓声。

それから感嘆の嵐。


素晴らしい活躍うんたらって話す目の前のヒト族が誰かなんて知らない。前の俺だったら即ベッドに誘うような綺麗な男だったけど、ちっともそんな気にならない。

肩に飾られた勲章をチラッと見て、適当な返事をしてさっさと出て来た。


セルジオが何か言ってたけどどうでもいい。

獣人を招くなら香水禁止にしたらいいのに。

鼻が曲がっちゃう。


なんだか気分が悪くて、その夜は行きつけの飲み屋に行った。

適当に相手を決めてさっさとスッキリしたかった。


(誰でもいいなあ)


誰が相手でも変わらない。

冷めた思考で寄って来る人達を見ていた俺は、微かに漂ったそれに気がついた瞬間、近くにいた人にグラスを押し付けて辺りを見渡した。まさかここであの匂いを嗅ぐなんて思ってもいなかった。


城にある演習場でしか嗅いだことがなかったからてっきり貴族なんだと思っていたのに、こんな庶民的な飲み屋でなんて。


混乱しながら微かに届いたそれを探す。

小さな店だ。

ここなら見つけられる───いや、見つけなきゃいけない。


俺の中に初めて焦りが生まれた。

ここは一晩の相手を探す、そういう目的の人が集まる店だ。

だから誰かに前に見つけて捕まえなきゃいけないのに、散々浴びた香水の匂いに加えて度数の高い酒精、料理に使われている香辛料の何もかもが邪魔をして鼻がバカになっていた。


「あ、あの」


掛かった小さな声に構う暇はない。

はやく、早く。


自分でも意味不明なくらい必死に探している内、気が付いたらフードを被った男と店の端っこにいた。

引っ張られるまま歩いて来たみたいで、それ自体を不思議に思う。


どうして俺は、この手だけ振り払わなかったんだろう。

他のは全部払ったのに。


「こ、これ……これを、飲んでくれない、か……?」


衝立に遮られ目隠しになってる場所だ。

そんな所でやたらと吃りながら、明らかに怪しい飲み物を差し出される。


何か入ってますよってバレバレ。

鼻が利がなくたってわかる。


構ってないで早く探そうって焦る反面、この不審な男を放って戻る気にはどうしてもならなかった。

騎士道精神なんかじゃない。そんなの欠片もない。

単にそうしたくないだけで、だからこそ困り切った俺は眉を下げた。


昏い紺色がひたと見上げてくる。

ゆっくりと開かれる唇に、視線が囚われる。


「───アレン」

「…………」


名前。

俺の。


(……呼んだ……)


あぁ、ちゃんと知ってたんだ。

ようやく会いに来てくれたんだ。


頭のどっかでそう認識した瞬間、困惑は消えた。

消えたことに困惑はしても迷いはなかった。


押し付けられていたグラスを受け取る。

一気に飲み干した。

え、って驚いた声を上げた男がおかしくて、笑って。


(睡眠薬……?)


それも相当強力なやつ。

瞬きの数と共に落ちていく意識にあの匂いが届いた。

すぐ近く───俺を辛うじて抱き留めた、目の前の男から。









目が覚めた時にその男を噛み殺さなかったのは奇跡に近い。

獣体を見せるのは家族以外には番だけっていうのは本能で知ってる。泊まりがけの任務に一緒に行く仲間にも見せたことない。獣人部隊はバラバラになって眠る。


だからまず、知らない場所なのに獣体であることに驚いた。

素早く身を起こした俺はベッドの上で距離を取る。

同じベッドの上、すぐ側にいた気配に唸りかけて───止まった。


「アレン、どうか落ち着いて欲しい。私は君を害するつもりはない」


首輪に鎖。

チラッと見回した部屋は豪華な牢屋。

完全にイカれた状況なのに、噛み殺すのも逃げるって考えもすぐにどっかにいった。


だって、あの匂いが目の前にある。

寝落ちる前に感じたのは間違いじゃなかったんだ。


(あいたかった)


ずっとずっと、逢いたかった。


泣きたいのか昂ってるだけなのかわからないままヒト型へ変体していく。

変わると同時、男にしては細い手首を掴んで組み伏せた。

馬乗りになって首筋に鼻を寄せる。近くで嗅ぐと今まで感じてたより遥かに甘い。


「あ、ぁ、アレン?」

「……いいにおい……」


吃ってるけど嫌がる様子はない。

でも、戸惑ってるのかもしれない。

わかんないけど、今すぐこの男を抱きたかった。


鼻先を擦り合わせて目を合わせて、ゆっくりとキスをする。

初めてのキスだ。

散々遊んできたけど誰ともしたことがなかった。

何回も啄んで、真っ赤になってる頬を撫でて、ぎゅっと閉じたままの唇を舌先でトントンノックした。


「ぅ、……」


思わず漏れたってかんじの声にゾクゾクする。

恐々と開かれた内側に舌を滑り込ませた。目を閉じないまま深く絡めて貪って、少しも好みに引っかからない男を見つめる。


(かわいい)


強張った身体。

いちいち震える指。


(……たべちゃいたい……)


熱に浮かされたみたいにぼうっとする。すごく熱い。

服を脱がす手にいつもみたいな余裕は少しもなくて、早く早くって自分で自分を急かす。


キラキラした髪もフサフサな睫毛もない。

肉感的でもないし、筋肉も足りてない。


「あ、ぁ……っ…」


それなのに、肌に触れたり唇を這わせる度に見せる反応のひとつひとつが全部可愛くて、声を聞き逃さないように耳をピンと立てた。


「そ、そんなところ、汚いだろう……!?」


両腿を抱いて顔を沈めた俺に慌てふためく。

こういうコトにあんまり慣れてない気がする。そう思うと更にテンションは上がった。理由はわからない。


汚くないよって返せばいい。

でも沸騰した頭がそれをさせない。


何も言わないまま、反応してるソレを平らにした舌でべろりと舐める。

なんだか甘い気がするし、愛撫を深めるほど匂いはどんどん強くなっていく。


(やば……)


いつもみたいに口でご奉仕してもらったわけでもないのに、俺の下半身はもうバッキバキだ。

童貞みたい。

興奮に息が上がる。


裏筋から会陰を舌で辿る。

ヒト族は結婚の誓いをした時、獣人なら番になった時にどっちが雌になるか決まるから、この先にはまだ孕む器官はないと思う。この男から他の雄の匂い、しないし。


でもなんとなく、たっぷりと唾液を垂らして指を入れた隘路あいろに孕ませられるなって思った。

番なんか欲しくないのに、孕めばいいとまで考えた。


(なんかい、)


何回抱いたら孕む?


乱れる息でそんなことを考えて、解すのもおざなりに開かせた両足を抱えて腰を掴んだ。

グッと先端を押し当てて、言い様のない興奮に乾いた唇を舐め濡らす。


「まって…っ…、待ってくれ、アレン……!」


真っ青な顔をした男が声を上げたのはその時だった。

焦らしプレイは好きじゃない。

そう思って構わず進もうとしたんだけど。


「は、初めて、なんだ……!!」

「…………」


悲鳴に近い訴えにピタッと動きを止めた。


「………はじめて?」


拉致なんて思い切ったコトをしたのに?

ちょっと我に返った俺が首を傾げると、あからさまに安堵の息を吐く。


「そ、そうなんだ。だから今日は、ここまで───」


当てていた男根を外す代わり、ゆっくりと覆い被さった。

その流れでまた唇を唇で塞ぎながら薄い胸板に片手を這わせる。


「ン、んぅ…っ…」


ちゅ、ちゅって繰り返しキスをして。

あやしてる内にトロンとしていく目に心臓がバクバク高鳴った。


初めてだなんて一番面倒くさい。

痛がるのが好きなわけじゃないから余計に。

だからずっと避けてきたのに、この男が他の誰も知らないことに歓喜する自分がいた。


「なら、いっぱいきもちよくしたげる」

「え……!?」


止めないの?みたいな愕然とした顔も可愛い。


(止めるわけない)


ようやく捕まえたのに、止まれるわけなんてない。

本音は今すぐ挿入して揺さぶって突き上げてナカに注いじゃいたいけど、我慢。


痛みや苦しみは要らない。

俺とこの男との交尾は気持ち良くてしあわせなものでいい。それだけでいい。


当たり前みたいに湧き出すそれがなんなのかなんて考えられないまま、びっくりするくらいに時間を掛けて繋がった。


「───…っぅ、う……ぁ、…」

「は…ッ……」


お互いに汗だく精液塗れ。

息が上がってる俺はちっともイイ男じゃない。すごく無様。

なのに込み上げるのは多幸感で、初めて得たそれにクラクラと目眩がした。


短い呼吸を繰り返す男の前髪を掻き上げる。

額にキスをして、そうっと抱き締めながら首筋に顔を埋めた。


「ぜんぶ、はいった……いいこ、」


俺の言葉に震えた腰。

抑えていた本能が牙を剥く。


そこからはちょっとどうなのって自分で思うくらいには容赦なく抱いた。

指を絡めてシーツに押し付けて、顔中にキスしながら突き上げて。

初めてならナカだけじゃヨくないかもって相手のモノを片手で包んで扱いたり、して。


奥の奥をこじ開けた途端に更に強くなった匂い。アレは雄を誘うヤツだ。

そんな風に孕ませてっておねだりされたらコッチだってガンガン腰入れちゃうし、ナマでナカ出しもしちゃう。


何回ヤったかは全然覚えてない。

そのくらいずっと交わってて、ようやく抜いたのだって男が落ちたから仕方なく。

物足りない俺はそこでもまた我慢して、抱き締めて眠った。


我慢した分はもちろん、起きてから付き合ってもらったけど。





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