金緑石の指輪〜after story〜
南条氷翠
1 約束
綺麗に並ぶ石畳。
街の至る所にある剣屋。
いつもとは少しだけ違うその景色に、フェリシアは自分が異国に来たことを実感した。
あれから、十五年。
人間が変化するには十分すぎるほどの時間が経過した。子供だったフェリシアも今年で二十一だ。
あの頃よりも背は随分伸び、顔立ちも多少変わっていることだろう。
だから、自分がここにいることが恐いのだ。
気づいてもらえないかもしれない。とっくに忘れられているかもしれない。そんな不安が脳内を駆け巡る。フェリシアにとっては大切な記憶だけれども、あの方々にとってはどうなのか。平民として生まれたフェリシアには知る由もない。
いつだったか、あの時約束を交わした人物がとんでもなく偉い人だったということを知った。だって、白髪の若い男性なんて一人しかいないんだから。
そんな人とも知らず、極刑になっても文句の言えない態度をとってしまった。それを、いまだに後悔している。
でも、心のどこかで覚えていてくださっているんじゃないか、そんな気持ちがきっとあったんだと思う。そうでなければ、彼女は今エリオットにいない。
「あっ…!」
その時、突然風が吹いてフェリシアの被っていた帽子がどこかへ飛んでいく。
そこまで遠くない場所に着地したそれを取りに行こうと早足で歩いていた時、目の前の光景を疑った。
飛んで行った帽子を拾ってくれた人がいたからだ。
そして、それが誰なのかフェリシアにはすぐに分かった。
「これ、君の…え…?」
顔を帽子で隠した男性─エリオット国皇太子リオネルはフェリシアの顔を見るなり、目を見開いた。
「皇太子様、申し訳ありません!心より感謝申し上げます!」
しかし、それを考えるよりも先にフェリシアは頭を下げた。皇太子の道を妨げるなど言語道断。それに、拾ってもらうなど自分の身分をわきまえないにも程がある。
「いや…あ、はいこれ」
帽子を差し出されて顔を上げると、目の前には輝く白銀の髪に透き通るように白い肌、誰もが振り向く美貌がそこにはあった。
「本当に、感謝申し上げます」
「いや…気にしないで…」
帽子を受け取り、皇太子の通る道を開けようとした。その時。
「ねぇ、やっぱり…君、フェリシア…だよな?」
フェリシアの思考が止まる。今、何と…?
「…ええ、誠でございます」
「そう、そうか。フェリシアか」
顔を上げると、嬉しそうに笑う皇太子の顔があった。あの時と同じ、優しい笑顔だ。
そして皇太子は帽子を脱ぎ、白銀の髪を露わにして言った。
「俺のこと、覚えているか?」
覚えているも何も、忘れる人なんてきっといない。
「もちろんでございます。あの時はまさか皇太子様だとは存じ上げず、無礼なことを…申し訳ありませんでした」
「もしかして、そんなことをずっと気にしていたのか?俺は無礼だなんて思っていないし、約束を交わしてくれたのが嬉しかったんだ。だから、気に留めないでほしい」
あの日の約束─大人になったら、必ずリオネルを見つけて再会するという約束。そんなくだらない、子供の遊びを覚えてくださっていたなんて。これほどまでに嬉しいことは他にあるだろうか。
「フェリシア、君は俺の住む国を見つけてくれた。そして、忘れないでいてくれた」
「約束、守ってくれてありがとう」
自分は皇太子に感謝されるような立場ではない。でも、目の前の麗しいお方があの頃と全く変わっていなくて、何だか嬉しかった。
「いえ…こちらこそ、あんな子供の約束事を覚えてくださっていてありがとうございます」
「子供の約束事じゃないさ。あれは立派な契約だ」
皇太子は笑う。そして小指を突き出して言った。
「見つけてくれて、ありがとう」
あの頃の自分の言葉が今になっては恥ずかしくて躊躇うが、フェリシアも同じように小指を突き出して笑う。
「皇太子様の方こそ、忘れないでいてくださって感謝いたします」
そして、白銀の皇太子は笑った。
「大きくなったなぁ、フェリシア。あの頃はこんなに小さかったのに」
そのあと皇太子がそんなことを言っていた。まるで親戚のようなセリフだ。
でも、それがフェリシアはたまらなく嬉しかった。。
金緑石の指輪〜after story〜 南条氷翠 @Hisui-Nanjo_shosetsu
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