レジ締めのない惑星

クソプライベート

鏡と影の勘定

「暗くならなきゃ締めねえだろ。だったら暗くしなきゃいい」

 灰色のウインドブレーカーの団長・原が、餃子の最後の一個をつまむ。割り勘アプリのルーレットは回りっぱなしで止まらない。

 彼ら〈昼延会〉はクラファンを装い、太陽同期軌道に可変鏡群を上げた。宇宙に巨大な鏡を設置して、地球から夜という概念を――物理的に――なくしたのだ。昼は伸び、看板は消えず、ランチは永遠の「やってます」。




 「行くぞ、三、二、一」

 店を出る。走る。昼の光は影を真下に押しつぶす。

 ――一分後。角を曲がった先に、警備ドローンの列。

 「お客様、レシートがお忘れ物です」

 原が目を細める。「なんで居場所がバレる」

 若林がスマホを突き出す。「鏡の散乱光で街全体が均一照明っす。影解析AIが顔より速い。しかもレジ締めがないから会計は“常時オープン”。未決済伝票が自動で追ってくる」

 レシートの宛名にはでかく「上様」。上様は逃げられない。


 「団長、こっち寝不足だ。ずっと昼はきつい」

 「寝袋にアイマスクでどうにかしろ」

 「アイマスクは個人の夜、社会の夜がない」

 彼らは捕まる代わりに、区役所の非常勤で雇われた。仕事は“影の配達”。折りたたみ式の可搬暗幕を広げ、ベビーカーや屋台、工事現場に一時的な夜を作る。

 「はい、夜一丁!」

 屋台の親父が笑う。「助かるよ。スープが落ち着く」

 原は渋い顔で暗幕を畳む。「俺たち、光の片棒担いで、影を小売りしてるだけじゃねえか」


 「団長、鏡の姿勢制御、保持費が赤字っす」

 会計係の佐伯がため息をつく。「レジ締めは来ないけど、電気も人件費も“締まらないまま溜まる”。ツケは昼の底で増殖する」

 原は黙って、ポケットの領収書を丸めた。餃子一個の記憶が、紙の皺みたいに手に残る。


 その夜――と言っていいのかわからない時間――ニュース速報が流れた。

 「本日、各地で睡眠不足由来の事故が急増。政府は“影の基本計画”を閣議決定」

 若林が言う。「中盤ツイストですね団長。夜なしは、社会が持たない」

 原は鏡の運用卓を見つめる。「鏡、ちょっとだけ傾ける。地平線に線を作る」

 「サンセット、売るんすか?」

 「違う。返す」


 姿勢制御のノブを回す。軌道上の光の刀身がわずかに寝る。水平線に細い赤が生まれ、街が一斉に息をついた。屋台で、スープが静かに澄む。工場で、機械が一拍だけ止まり、人が欠伸を分かち合う。

 原はポケットの丸めたレシートを伸ばし、宛名を書き直す。

 上様、ではなく、自分たちの名で。


 「団長、鏡の特許、影の配布で黒字化できます。戻す夜を“インフラ”に」

 佐伯が電卓を叩く。割り勘アプリは、ようやく止まった。

 若林が笑う。「終盤ツイスト。俺たち、食い逃げから夜番になった」

 原は頷く。「レジは閉める。閉まるから、また開けられる」


 会計。


 鏡は毎日わずかに角度を変え、世界にゆっくりと“終わり”を配達する。餃子は六個で止まり、領収書は誰かの財布に収まる。

 そして〈昼延会〉は、日替わりのサンセットがきれいに見える店で、ちゃんと並んで席に着いた。

 「上様で」

 「いえ、本日は――原様で」


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