第12話「最後の治療と、世界の夜明け」

 創生の祭壇は、世界の中心にそびえる巨大な浮遊島にあった。俺たちは魔族の飛竜に乗り、祭壇を目指す。その後ろからは、ヴァルガス率いる魔王軍の精鋭と、俺の無実を信じて王国を離反したレオンたちが合流した騎士団の一隊が続いていた。人間と魔族の、最初で最後の共同戦線だった。


 祭壇に到着した俺たちを待っていたのは、宰相ダリウスだった。彼は祭壇の中心にある魔力結晶の力を一部取り込み、人ならざる力を手に入れていた。


「愚か者めが。この私が、新世界の神となるのだ!」


 ダリウスは、俺たちが人間と魔族の共存という真実にたどり着くことなど、お見通しだった。彼は、両者が共倒れになった後、この世界の全てを支配するつもりだったのだ。


「お前の思い通りにはさせない!」


 レオンとヴァルガスが、同時にダリウスに斬りかかる。人間と魔族、それぞれの最強の剣士による共闘だ。だが、魔力結晶の力を得たダリウスはあまりにも強い。二人掛かりでも、次第に追い詰められていく。


「カナタ! 祭壇の魔力を!」


 レオンが叫ぶ。俺のやるべきことは、ダリウスを倒すことではない。この世界を蝕む大本の原因、魔力結晶を「治療」することだ。

 俺はエリアナと共に、祭壇の中心へと走った。暴走する魔力結晶は、まるで苦しんでいる生き物のように、禍々しいオーラを放っている。


「これは、まるで巨大な腫瘍だ……」


 俺は、この魔力結晶を一個の生命体として捉えた。病巣に直接アプローチし、その異常活動を停止させる。つまり、世界そのものを患者とした、究極の外科手術だ。


「エリアナ、俺の魔力を増幅してくれ! ルナ様、魔族の魔力を俺に!」


 祭壇のそばまで来ていた魔王ルナが、残された命の全てを振り絞るように、その魔力を俺に注ぎ込む。エリアナは、祈りを込めて俺の手を握り、彼女自身の清らかな魔力を流し込んできた。

 人間と魔族、二つの異なるエネルギーが、俺の体の中で渦を巻く。俺はその膨大なエネルギーを、創薬魔法で一つの「薬」へと変換していく。


「いけっ……!」


 俺は、生成したエネルギーの全てを、暴走する魔力結晶の核へと叩き込んだ。

 閃光が世界を包み、全てが白に染まる。


 やがて光が収まった時、祭壇を覆っていた禍々しいオーラは消え、魔力結晶は穏やかな光を放つ宝石のように輝いていた。ダリウスは結晶からの力の供給を断たれ、もはや抜け殻のようだ。勝負は決した。


 世界を覆っていた呪いの気配が、ゆっくりと霧が晴れるように消えていくのが分かった。空はどこまでも青く澄み渡り、大地からは新しい生命の息吹が感じられる。

 戦いは、終わったのだ。


 俺たちが王都に帰還すると、宰相の陰謀が白日の下に晒され、彼を支持していた貴族たちは捕らえられた。国王オルティウスは、俺に深々と頭を下げ、これまでの非礼を詫びた。

 そして、王国と魔族の間で、史上初の和平協定が結ばれた。長きにわたる争いの歴史に、ついに終止符が打たれた瞬間だった。


 魔王ルナは、呪いから解放されたことで一命を取り留めたが、その力のほとんどを失っていた。彼女は王位をヴァルガスに譲り、これからは一人の魔族として、人間との共存の道を歩むことを選んだ。

 全てが、良い方向へと向かっている。


 俺は、英雄として王都に残ることを望まれたが、それを固辞した。


「俺は医者です。偉い人間になるより、一人でも多くの患者を救いたい」


 俺の居場所は、華やかな王宮ではない。人々の苦しみと、それを乗り越えた笑顔がある場所だ。

 世界を救った「聖医」の伝説は、この先も長く語り継がれていくだろう。

 だが、俺の物語は、まだ始まったばかりなのだ。

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