過労死した天才外科医、医療レベルが低すぎる異世界に転生。魔法と現代知識を駆使して、呪いと呼ばれた病を次々治療し聖医と呼ばれる
藤宮かすみ
第1話「転生医師と、錆びついた世界の常識」
意識が浮上する。
最初に感じたのは、土の匂いと、硬い木のベッドの感触だった。
「……ここは」
聞き慣れない鳥の声が耳に届く。
俺の名は橘奏。三十代の若さで大学病院の外科部長を務めていた、いわゆる天才外科医だ。過労で倒れ、意識を失ったところまでの記憶はある。しかし、目の前に広がる光景は、集中治療室の白い天井ではなかった。
古びた木造の部屋。窓の外には、見たこともない雄大な自然が広がっている。
そして、自分の体が驚くほど小さくなっていることに気づいた。
「カナタ! 目が覚めたのね!」
心配そうな顔で俺をのぞき込んできたのは、亜麻色の髪をした少女だった。
エリアナと名乗る彼女の話をまとめると、俺は森で倒れていたところを助けられ、この辺境の村で三日も眠り続けていたらしい。そして、俺自身の名前はなぜか「カナタ」だった。
状況が全く飲み込めない。だが、それどころではない事態がすぐに起きた。
「誰か! 誰かいないか! 父さんが……!」
少年が泣き叫びながら駆け込んでくる。彼の父親だという男性が、木材の運搬中に荷崩れに巻き込まれ、足に大怪我を負ったというのだ。
村人たちが担ぎ込んできた男性の足を見て、俺は息をのんだ。開いた傷口から骨がのぞき、土や木屑にまみれている。明らかに複雑骨折だ。おまけに出血もひどい。
「こいつはもう駄目だ……。こんな大きな怪我、祈祷師様でも治せねえ」
「ああ、あとは神に祈るだけだ」
村人たちの顔に浮かぶのは、諦めの色だった。
この世界の医療レベルは、絶望的に低いらしい。消毒という概念すら、彼らにはないようだった。このままでは、男性は間違いなく破傷風か敗血症で死ぬ。
医者としての本能が、俺を突き動かした。
「まだだ! まだ助かる!」
俺は叫んでいた。
突然立ち上がった俺に、エリアナも村人も驚いている。
「エリアナ、すぐに綺麗な布と煮沸したお湯、それから強いお酒を持ってきて! あと、この村で一番縫い物が得意な人は誰だ!?」
エリアナはわけがわからないという顔をしていたが、俺の気迫に押されて走り出した。
「坊主、何をする気だ?」
「治療だ」
俺はきっぱりと答えた。幸い、この少年の体には、前世の経験と知識がそっくり残っていた。
まずは傷口の洗浄。強い酒で消毒し、異物を丁寧に取り除く。男性は激痛にうめき声を上げるが、今は耐えてもらうしかない。
次に、骨を元の位置に戻す整復作業。俺の小さな手では力が足りない。村の屈強な男たちに指示を出し、慎重に足を引っ張ってもらう。
「もっとゆっくり! そうだ、その角度で止めて!」
前世では当たり前だった指示の一つ一つが、この世界では魔法のように響くらしい。村人たちは戸惑いながらも、俺の的確な指示に従ってくれた。
最後に、縫合。火であぶった釣り針に麻の糸を通し、傷口を縫い合わせていく。前世で使っていた医療用の針や糸とは比べ物にならない代物だが、やらないよりはるかにましだ。
処置を終える頃には、俺は汗だくになっていた。
「……よし。あとは添え木で固定して、絶対安静だ。毎日傷口を洗浄すれば、命は助かる」
静まり返る小屋の中で、俺の言葉だけが響いた。
誰もが、信じがたいものを見るような目で俺を見つめていた。諦められていた命が、目の前で救われたのだ。
これが、俺――いや、カナタの異世界での最初の「手術」だった。
そして、この世界の錆びついた医療の常識を、俺の知識で塗り替えていく第一歩となった。
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