スキル《家転移》で元傭兵の俺は静かに笑う。

山田 ソラ

プロローグ

 硝煙と鉄の臭いが、焦げついた空気の中に漂っていた。

 銃声、悲鳴、そして爆音。


 ここはどこの国でもなく、誰のための戦いでもない。

 俺がいたのは、ただの代理戦争。


 金をもらって銃を握り、知らない誰かを撃ち、知らない誰かに撃たれる。

 そんな場所だった。


 傭兵。

 それが俺の肩書きであり、俺の生き様だった。


 情など捨てたつもりでいた。だが最後の最後で、手が止まった。

 銃口の先にいたのは、まだ十歳にも満たない子供。


 怯えた目でこちらを見て、震える手で銃を構えていた。

 俺は引き金を引けなかった。


 その瞬間、子供の小さな指が震えながらも、俺に弾を放った。

 衝撃とともに視界が赤く染まり、俺は膝をつく。


 ああ、これが俺の終わりか。


 だが次に目を開けたとき、そこは戦場でも地獄でもなかった。


 無限に広がる白の空間。

 玉座のような椅子に腰かけ、荘厳な衣を纏った“何か”が俺を見下ろしていた。


「汝の生涯、戦いに塗れしものよ。死後にひとつだけ望みを与えよう。欲するものは何だ?」


 その声は男とも女ともつかず、神々しくも胡散臭い響きを持っていた。

 死後の願い? 天国? そんなものに興味はない。


 だが胸の奥からふと浮かんだのは戦地で心を削られたとき、ただ一人で息を潜めて眠れた、あの狭い空間だった。


「……日本のセーフハウスに帰りたい」


 気づけば、そう口にしていた。

 誰にも見つからず、ただ静かに生きられる隠れ家。

 あれこそが、俺が本当に望んでいたものだった。


 神のような存在は一瞬きょとんとし、そして笑った。


「面白い。我は汝にスキルを授けよう…。《家転移》」


 次の瞬間、意識が闇に呑まれた。


 そして目を覚ますと、そこは血溜まりの中だった。

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