第35話 SCORE LOST-M35


 大爆発を起こし、コハクラッシュの前に消滅したガルンの巨人ことテットーラ怪兵器群。


 演習場の森に不時着した巨大な白い破片。かつてアクプタンヘッドだった物の中から、いかにもやつれたエシュタガがフラフラと歩み出て来た。


「っぐ…は!」

 数歩進んだエシュタガは、その場で倒れ仰向けに寝転んだ。


 木立の隙間から見える星空。

 二月の冷たい空気。

 遠く森の中を、こちらに向かって来る兵士達の足音…。


 辛そうな表情のエシュタガは、若干震える手でガルンのカードを取り出して見つめる。カードの中のガルンアイコンは、目を閉じて動かなかった。

 だがガルンは、完全に壊れている訳では無さそうだ。

 

 手心。


 自分達が生きているのは、あの時アンバーニオンに宿った土地神ちからによる情けなのだろう。

 エシュタガは金属のように重くなったまぶたを受け入れ、ガルンのカードを胸の上でクッと握り締める。


「ここまで…か、すまん、ガルン…覚悟が無かったな……ア…ガト…お前……には…つくづく…苦…労かけ…る…な?」


 呟き終えたエシュタガを、特殊部隊のライト乱舞が取り囲んだ。

 瞳を閉じて眠り込んでいる表情のこわばりはほぐれ、幸こそ薄いが年齢相応の若者が戻った顔。

 そうな彼を取り囲む特殊部隊は柄玖達、特殊警備部の面々。

 迷彩服の柄玖はその場に屈み込んで鉄帽の縁をクイッと上げ、目の前に倒れているのがアルオスゴロノ帝国のエージェントであるエシュタガ、そして鍵村 跑斗本人であるか確認しようと顔を覗き込む。


「このヤロウ…!ココまでの事を起こしといてぐっすりかよ!」

 隊員の一人が、エシュタガの寝顔を見て声を荒げる。すると、色違いの青い迷彩服を着た別のメンバーの一人が前に出て、その隊員をたしなめた。

 明らかに特殊警備部とは畑違いの雰囲気…まるで笹の葉の縁を想わせる、痩せ薄刃のような青年…。


「…アルオス型異記憶症…この彼もまた、被害者なのかもしれませんよ?」



 そんな彼らのやり取りを何処か遠くで聞きながら、エシュタガの意識は、鍵村 跑斗の深奥へと沈んでいった……。





         ·




競流せるか?…そうか!【エシュタガ】を確保したんだな?今夜は大変だが、宜しく頼むぜ?!…じゃ!疾風川はやてがわの報告を聞いたら、また折り返す」



 漁港でリキュスト達を捕らえた白いスーツの男は、キャンピングカーのボディに寄り掛かり、通話を終えたばかりのスマホを一瞥いちべつする。

 すると画面が勝手に切り替わり、次の通話相手に繋がった。



 [共上きょうがみぃー!]


 通話相手に共上と叫ばれた白いスーツの男は、まるでスマホが板氷になったかのようなリアクションで耳元から突き離した。

「もぉ!夜だぞ!吃驚ビックリさせんな!ところでそっちはどうだ?」


 [そんな事より聞いてくれ!例のクイスランとみられる重要参考人、月井度ツキイド 刷依スライなんだが…]


「どうした?」



 共上の通話相手である疾風川が、その渋くスモーキーな睨みを現地で横に流す。

 視線の先にはダウンジャケットで上半身を隠している女性三人が、護送車に招かれていた。


「…本人はまだ見つかってはいない。だが…この【オフィス】に倒れていた女性三人全

員が、その月井度 刷依を名乗っているんだ…」


 [ぬ…?…どういう事だ?]


「しかもタレコミの映像にあった広大なスペースは、このオフィスの何処にも存在しない。到着してからのパッと見第一印象だけど…ここは郊外の廃コンビニ跡地かもしんないな?…それらしい別の部屋も無いし…それくらい、狭苦しいトコって事さ!」




 …疾風川率いる特殊チームが、その建物を包囲している様子。

 それを遠くの繁みの中から見つめる人影。

 黒い髪の美少年の顔にはまだあどけなさこそ残っているが、その眼差しはズシリと大人びていて妙に鋭い。

「……」

 少年はおもむろに、ペンダントようなものを懐から取り出して見つめた。

 試験管のような透明カプセルの中に、魔術回路のような細長い基板が入っている。


 その回路の一部に輝く、オレンジ色の発光体。

 少年はその輝きを瞳に写し、不敵に微笑んだ。


 彼の名は月井度 アラワル

 巨獣かいじゅうゲルナイドの本体とも言うべき、人型中枢活動体である。


「…アンバーニオン…スマイ…ウル…!!」

 

 少年は決意に満ちた表情で地面に置いたバックパックを無造作にひっ掴むと、灯りの無い暗い丘をそのまま駆け降りていった。




「ウゥぅ無!」

 疾風川の報告を聞いた共上はわざとらしく髪を掻いた。そこへ戻って来る女性エージェント。共上はサングラスを外して、女性に媚を売るような眼差しを向けた。

「ねぇ?スフィさん?カード人間。当たり前だけど、駐屯地にも出たみたいだよ?」

 共上に名前を呼ばれた女性エージェント、スフィも同じく、サングラスを取って無表情を共上に向けた。共上はリキュストから押収した一枚のカードを指先で摘まみ、ペラペラと仰いでいる。

「まさカ、リキュストがここからマキサワまで超長距離遠隔制御ナンゾをしてたトでもオモってやがルのォゥ?」

「イヤイヤまさか!でもアレだなぁ?案外、まだ敵の幹部とか居ちゃったりして!ハハハハハハ…!」

「……ワラエンわよ…」


 スフィの表情は微動だにしなかった。


 この夜、岩掌県において有事介入した最終局面省実行局遊撃部隊。

 後に、軸泉事件と呼ばれる事になるこの県内外の作戦においては、首謀者の確保にこそ至らなかったものの、中心実行役数名の拘束という形で一応の解決を見た。


 実行局局長にして遊撃部隊総隊長である共上は、何度もネタや品を変え、未だスフィを笑わせようとしていた。


 

          ·







 アンバーニオンは巨人の爆心地から離れ、演習場の開けた場所に片膝を着いた。


 慈龍剣バジーク アライズと重拳との思重合想シンクロスコラボイドを解き、アンバーニオンは元の姿に戻る。

 重拳は右腕との融合から解放され、地面にゆっくりと降ろされた。だが、アンバーニオンの戻った右腕の造形は少し歪んでいて、完全再構築には時間がかかりそうである。

 アンバーニオンに向かって重拳の制御車二両と、反対側からはわんちィとパニぃ、磨瑠香の乗った四駆車が走って来る。


重 拳パンチくん······」


 制御車から身を乗り出した藍罠は、制御車のヘッドライトに照らされ、ボロボロになった重拳を見て切なげに呟いた。


 ヴァン!パッパッ!


「うおっ!」

 重拳は藍罠達に答えるように一度クラクションを鳴らし、片目になったヘッドライトでパッシングした。


「ハハ···まだシんでネェってさ!」

 椎山が嬉しそうに笑う。だが並走する制御車から叫ぶ茂坂の言葉に、今度は顔面蒼白になる。

「椎山ぁ!もう消し止めたそうだが、お前の部屋でボヤがあったそうだ!」

「えええ!?マジですかぁ!?うわー!…で、でも…消えたんなら…今は、こっちを…」

 椎山は少し悔しそうに、アンバーニオンを見上げる。





 宇留の手に握られた琥珀の短剣ロルトノクブレードからは光の粒子が溢れ、いつものヒメナの姿、いつものロルトノクの琥珀の形に戻っていく。


「丘越さん······みんな···ありがとうございました······」


 宇留は最後の光の粒子が消えるまで…バジーク アライズの余韻を見送った。





 


 

 


 

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