第13話 準帝の一族
「頭痛い?風邪っすか?」
深夜、仮宿車を散歩と称して抜け出した藍罠と椎山は、学習水族館近くの海岸に隠れて一服していた。
波音を聞きながら、藍罠は砂浜に置かれたテトラポッドに半ば座るようにもたれ掛かり、椎山は流木に腰かけてタバコを一本吸い終わる所だった。
「いや、違うな、カゼさん達には世話になったばかりだ。それに俺が病気に感染するんじゃ無い、病気が俺の遺伝子に感染するんだ」
「ポジティブがヤバイっすね?!」
その時、後ろの道路から、誰かが走って来る足音が聞こえてきた。
足音の主は息を整えると、なにやら独り言を叫び、何かを叫んだ。
「w►"^ k’]´`µ°アンバーーーニオン!!」
そしてオレンジ色の閃光が周囲を照らす。
「な!なんだ?ポジティブがヤバいな!?」
二人は恐る恐る、海岸と道路を区切る背の低い防潮堤から顔を出して覗き込む。
「何だァ?誰も居ないッ?何処へ行った?」
藍罠は、椎山の影に隠れている。
「痛いよ肩ツカムナ!」
「足音軽くて、息すぐ整って、少年の声?ツーヌ病だべか?
「宇留くんの声に似てたな?」
「サニアンに乗ってた子すか?でも誰も居ないスヨ?」
「···」
しばらく沈黙が続く。
「もう一本吸って帰るか?」
「ソゥス···ね?」
「風量適正!灰皿準備よいかァ!」
二人の少し手前の道路側防潮堤、その死角から茂坂がニュッと突然生える。
「「うわぁーー!」」
驚いた藍罠と椎山は、後ろにスッ転んでしまう。
「いいねぇ、俺にも一本くれ!」
茂坂は防潮堤のそばで腕を組んで二人を見下ろしていた。
·
太平洋を日本に向かって進んでいると思われる未確認航行物体は、監視衛星や諸外国からの情報を纏めると、生物のような特徴を示していた。
このような情報はほとんど表に出ないものの、この案件に関わる者達にとっては、時々ある仕事の一つに過ぎなかった。
三螺旋市、重翼隊基地。
二度寝に没入出来ず、宿直室からパジャマにスタジャン姿で自販機コーナーにやって来た鈴蘭は、オフィスの灯りに気付き、ふと立ち寄ってみる事にした。
オフィスでは、隊長の八野が神棚の水を替えている所だった。
八野は鈴蘭に気付き、オゥと尖らせた口先を円くする。
「ん?!眠れんのかい?」
「いゃはぁ···隊長もですか?なんか冴えちゃいまして···」
宿舎の近辺には全国チェーンの服飾店が一件だけ。隊内も含め、ご近所さん一同の悩みは、着ている服のデザインが被ってしまう…だった。
更に、誰かが自販機を利用する音が、休憩コーナーからガタコンと響く。
「なんだぁ?みんな眠れんのか?」
ゥウウウウウウウウ!!
···と八野が呆れていたら、案の定出動準備のアラームがオフィスを駆け抜けた。
海上防衛隊が対応中の未確認航行巨大生物に対して、航空支援として裂断が出向く事が決定した。これは裂断開発以来初の対巨大生物作戦となる。
領海侵入時点をもって
[
[怪獣なんて今更だろうし?何を待っている?]
「(今日は主役じゃ無いのに、いつにも増してお嬢様扱い、その上まだお客さんなんて完全にパーティーじゃん)」
隊の面々の独り言の例に漏れず、鈴蘭も密かにぼやいた。
[哨戒機、
[···始まった。探査開始、リサーチャーを先行!]
指揮支援機の八野の命令で、裂断のエスコートに就く二機の戦闘機、その内一機から二発のミサイルが発射され、目標海域に向かって飛んで行く。間を置いてエスコート二機もミサイルの後を追った。
「さて、斬れますかな?」
レーダーを見る八野の横顔が、素材を吟味する職人のような雰囲気を
同時刻、軸泉市流珠倉洞周辺。
洞窟の入口付近で歩哨に立っていた防衛隊隊員は、地鳴りと微震を感じて身構えた。
休んでいた鳥達が驚いて
軸の泉は光に包まれ、その中からアンバーニオンの頭部がヌッと現れる。
アンバーニオンはそのまま垂直上昇すると、北東の海上方向に飛び去った。
体は仄かに発光し、通りすがった雲に次々と後光をかざしながら、アンバーニオンは加速して行った。
「指揮所、こちらドラゴンケイブ、
学習水族館脇の海岸。
指揮所の携帯無線を一台持ち出して来た茂坂は、その流珠倉洞担当の歩哨隊員の報告を、二人の部下である藍罠と椎山、そして後からやって来たわんちィとパニぃと共に聞きながら、海の上空を高速で飛行する発光体を見送っていた。
衛星とのリンクで目標の位置を捉えたリサーチャーミサイルは、減速し安定翼を展開しドローン形態に変形。目標に近付いて行った。
目標の巨大生物は、体の上半分を海面で上下させながら、船のように悠然と泳いでいる。見えている部分だけでも、優に百五十メートル以上はある。大小様々な大きさのまるで
リサーチャーミサイルは先端のセンサーユニットによって、あらゆるカメラでの直接監視系をはじめ、オプションによってエコー、電波類、X線などサンプリングの為の可能な限り考えうる計測を行う事が出来る。
リアルタイムで関係各方面に送られたデータは僅かな時間でAIが分析、攻撃に際して、信頼度の高い情報を構築する事が可能だった。
[リサーチャー、攻撃警戒、欲張るな。回収を優先。エスコートは続いて物理観測攻撃、観測後リサーチャーは着水誘導]
「いっといで!」
八野の指示で、エスコート二機がそれぞれ二発づつ、合計四発のミサイルを発射した。
ミサイルはリサーチャーを追い抜き、二発が着弾。もう二発はエアブレーキが開いた事で制動がかかり奇妙な軌道で着弾。
ものの五秒後にはリサーチャーが観測したその爆裂差情報を元に、更にAIが敵の構造分析を進める。
分析用のミサイルとはいえ、目標に目立ったダメージは見受けられなかった。
次いで裂断が作戦海域に到達、モニターに目標の姿が写る。
「うわぁ···」
鈴蘭の暗視ゴーグルに、醜い怪物の姿が写る。目標は体に大小の突起が連なり、人間の勘だけでも“斬る”行為に
人間が腕で刃物を振るうのとは違い、航空機での斬撃である。たとえ一本の突起を切断出来たとしても、すぐ周囲のその他の突起に衝突する事は重翼隊の面々には容易に予想出来た。
「相性悪そうだな」
そう言いながら、八野がしかめた表情でズれた眼鏡の位置を整える。
その時、目標が減速してほとんど停止した。まだAIの分析結果は届かない。
[?目標停止···!、緊急!南西より未確認飛行物体!?]
「!!」
先程より少し増えた雲の中を通って、発光体が本土方面から超高速で向かって来る。そして遠慮がちに減速しはじめたのだが、それでも作戦海域に居る飛行機乗り達からすれば、
減速したアンバーニオンは怪物の手前一キロメートル程手前で、まるで空中にある見えない壁に足を突いて踏ん張るように急停止した。そしてゆっくりと、海面に向かって降りて来た。
「あれが···
鈴蘭は裂断で周囲を旋回しながら、アンバーニオンを確認した。
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