異世界ぐるり、気ままな放浪ごはん記
ゆずの しずく
第1話【食材鑑定】と耳長ウサギの魔物
《目覚めたら森の中》
「……痛っ。なんだここ」
目を覚ますと、俺は見知らぬ森の中に寝転がっていた。
木漏れ日が差し込む深緑の森。風はひんやりしているが、湿った土と草の匂いが鼻をつく。
どうやら――いや、これはもう確実に――異世界だ。
昨日まで、俺は日本でただの会社員だった。仕事帰りにコンビニで弁当を買って、狭いワンルームで一人暮らし。気が付けばベッドで寝落ちして、そのまま朝を迎える……そんな生活を繰り返していた。
なのに今、俺は森の中で目を覚ました。見渡す限り文明の影はなく、代わりに巨大な木々と聞いたことのない鳥の声。
「マジで転生とか転移ってやつか……?」
呟きながら、まずは自分の持ち物を確認する。
幸い、背中には小さなリュックを背負っていた。中身は――
• 水筒(ほぼ満タン)
• 干し肉(保存食として数切れ)
• 胡椒の小瓶
• 小さな折り畳みナイフ
• 火打石
あとは着ていた服と靴。スマホはポケットにあったが、当然電波は入らない。
……異世界初心者にしては、そこそこサバイバルセットがそろってる。誰かが意図的に用意してくれたのかもしれない。
「まあ、腹が減っては何もできない、だな」
まずは腹ごしらえだ。俺は焚き火の跡を探し、小さな焚き火を起こす準備を始めた。
⸻
薪を集めていると、不意に目の前に見慣れない草が生えているのに気づいた。
細長い葉をつけた野草で、触れると爽やかな香りが広がる。
「これ……食えそうだな?」
思わず口に運ぼうとしたその瞬間、視界に文字が浮かんだ。
【森セリ草】
食用可。軽い苦味と爽やかな香り。肉料理やスープに合う。
「……は?」
慌てて目を擦る。だが文字は消えない。
さらに別の草を手に取ると――
【毒ヒル草】
強い毒性あり。摂取不可。
「……まさか、これがスキルってやつか?」
どうやら俺は【食材鑑定】スキルを持っているらしい。
異世界でよくある「剣技スキル」とか「魔法スキル」とかではなく、よりによって料理特化。
「……いや、悪くない。むしろ俺向きかもしれん」
もともと俺は自炊好きで、週末は料理をするのが趣味だった。誰に食べさせるわけでもないのに、つい凝ったパスタや煮込み料理を作っては一人で満足していた。
それが今、異世界で役立つかもしれない。
俄然やる気が出てきた俺は、森セリ草を摘み取り、持参した干し肉と合わせてスープを作ることにした。
⸻
小鍋に水を入れ、火打石で火を起こす。
沸騰してきたところで干し肉を裂いて放り込み、森セリ草を加える。胡椒をひと振りすれば、香りが立ち上り、急に食欲をそそられる匂いが漂った。
「……よし、いただきます」
木の枝でかき混ぜつつ、一口すする。
干し肉からしみ出した旨味に、森セリ草の爽やかな香り。胡椒がそれをきりっと締め、思った以上に完成度の高いスープになっていた。
「うまっ……!」
思わず声が漏れる。
こんな状況でこれだけ美味いものが食えるなら、なんとかやっていけるかもしれない。
と、そのとき。
茂みの向こうから「ガサリ」と音がした。
「……!」
身構えると、現れたのは――耳の長いウサギのような魔物だった。
だが普通のウサギよりも大きく、子犬ほどの体格がある。瞳は赤く、牙も覗いている。
「うわ……魔物ってやつか」
俺がナイフを構えると、ウサギは威嚇するでもなく、ただスープの匂いに鼻をひくひくさせている。
……どうやら腹を空かせているらしい。
「お前、食いたいのか?」
俺は恐る恐る木の皿にスープを少し取り分け、差し出した。
魔物はしばらく様子を伺った後、ぺろりと舐め……次の瞬間、がつがつと食べ始めた。
尻尾をぶんぶん振り、目を細めるその姿は、どう見ても「美味しい!」と喜んでいるようにしか見えない。
「……はは、気に入ったか。よし、お前も仲間だな」
こうして俺と耳長ウサギの魔物――後に「ポル」と名付ける存在との出会いが始まった。
⸻
翌日。
ポルは俺の後をついて回り、やたらと懐いてきた。撫でると気持ちよさそうに目を細め、餌をやれば尻尾を振る。完全にペットというより相棒のような態度だ。
そのポルが、森を進んでいる最中に突然耳をぴんと立てた。
次の瞬間、茂みに飛び込んだかと思うと――
「ガァァッ!」
凶悪な鳴き声が響いた。現れたのは小型の猪のような魔物。だが牙は鋭く、突進されたらひとたまりもない。
「やばっ……!」
俺が慌てて後ずさる間に、ポルが俊敏に動いた。
素早く背後に回り込み、後ろ足で思い切り蹴り飛ばす。
ドゴッ!という鈍い音とともに、猪魔物は地面に倒れ込み、動かなくなった。
「お、お前強いな……」
俺が呆気に取られていると、ポルは誇らしげに胸を張る。
どうやら、俺のために食材を狩ってきてくれたらしい。
⸻
倒れた猪魔物に手をかざすと、視界に文字が浮かんだ。
【森イノシシ】
食用可。肉は脂が多く、やや臭みあり。香草や果実と合わせると旨味が増す。
「……なるほど、使えるな」
解体は大変だったが、ナイフでどうにか肉を切り出すことに成功。
火にかけると同時に【食材鑑定】で適した調理法を思い出す。
「臭みを取るには……森セリ草と合わせればいいか」
鍋に水を張り、肉と森セリ草、さらに木の実を加えて煮込む。
すると次第に芳醇な香りが立ちのぼり、ポルが待ちきれないとばかりにそわそわし始めた。
「よし、完成だ」
一口食べてみると、脂の旨味が口いっぱいに広がり、森セリ草の爽やかな風味が臭みを消している。
木の実の酸味も程よく効いていて、まさに絶品だった。
「うっま……! いやこれ、普通にレストランで出せるだろ」
ポルも夢中で食べ、皿を舐める勢いで平らげる。
⸻
その後、俺たちは森を抜け、小さな村にたどり着いた。
村人たちは最初こそ警戒していたが、俺が森イノシシの料理を振る舞うと――
「こ、こんなに美味しい魔物肉は初めてだ……!」
「臭くて食えないはずの肉が、まるで上質な牛肉のようだ……!」
驚きと感嘆の声が上がった。
気づけば村人たちは俺を「旅の料理人」として迎え入れ、泊まる場所や情報を提供してくれるようになった。
【食材鑑定】は地味だと思っていたが、どうやらこの世界ではとんでもない力になるらしい。
⸻
夜、焚き火のそばでポルと並んで座る。
空には見たことのない星が瞬き、風は心地よく森を抜けていく。
「……よし、決めた」
俺は手にした木の皿を置き、星空を見上げる。
「これから俺は、この世界を旅して回る。食材を探して、料理して、みんなに食べさせる。そうすりゃ俺にも居場所ができるだろ」
ポルは「キュイッ」と鳴き、尻尾を振った。
まるで「一緒に行こう」と言っているみたいだ。
「よし、行こうぜポル。放浪メシの旅、始まりだ」
こうして俺とポルの異世界放浪ごはん記は、ここから幕を開けた。
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