第6話 旅立ち

「カグヤ先生……どうぞ、安らかに眠ってください」


 常夏の無人島の端、海を一望することができる丘。

 そこにカグヤの墓を作った。

 墓石になるような手ごろな大きさの石が見つからなかったので、彼女が使っていた剣を刺しておいた。

 一応は形見の品であったが、本人がそんなに大事に使っていた様子もなかったので問題ないだろう。

 剣を物干しざおの代わりにしていたカグヤの姿を思い浮かべて、ソレイユがクスリと笑った。


「さて……そろそろ、行くか」


 一度は身体の内側に巣くう呪いに喰い殺されかけたソレイユであったが、カグヤが命を引き換えにすることで救われた。

 ただ、助かったというだけではない。ソレイユの身体には、これまでの人生で一度も感じたことのないほど力がみなぎっている。

 それもそのはず。カグヤがソレイユにかけたのは『反転』の魔法。『呪い』を引っ繰り返して『祝福』に変える魔法だったのだ。


(先生の魔法によって抑えつけられていたが、俺の身体には大きな呪いがかけられていた。確か、シュバーン帝国という国に降りかかる災禍を背負わされたんだったな……)


 その辺りの事情はカグヤから聞いている。

 憶測混じりの話であったが、一国に降りかかるはずだった災厄がソレイユの体内に宿っていたらしい。

 それがカグヤの魔法によって反転して、今はソレイユ自身の力となっている。

 無限に湧き上がってくる活力と魔力。まるで自分がドラゴンにでも生まれ変わったようだ。


(これから、どうするか……正直、自分の中で明確に決まっているわけじゃない。だが、とりあえずは外の世界に出てみよう)


 旅の準備はすでに整っている。

 というよりも……事前にカグヤが必要な物を揃えておいてくれた。

 テーブルの上には剣が一本。いつも鍛錬で使っていたナマクラではなく、立派な一振りが置かれていた。

 派手ではないが凝った意匠がほどこされた剣だ。片刃で反りが入っており、『刀』と呼ばれる種類のものであると教わっている。

 他にも、旅で必要になる物が全般。食料品や野営の道具、近隣の地図などなど。

 そして、荷物と一緒にそれを入れるカバン……魔法によって内部が拡張されて大量の物を収納できるマジックバッグがあった。


(俺が外の世界を気にしていたことを先生は知っていたんだな……本当にどれだけ感謝をしてもし足りない。有り難いことだな)


「さて……出発だ」


 マジックバッグに荷物を詰めて、腰のベルトに刀を差して。

 ソレイユは島の北端までやってきた。そこには一隻の船が停められている。

 二、三人も乗ればいっぱいになるような小型の船だ。

 ソレイユが船に乗り込んで帆を張ると、ちょうどそのタイミングで舳先の前方にある海面が渦を巻く。


(この海域は別に流れが激しいわけじゃない。船を出すだけならば余裕でできる)


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


「出たな、海竜『グレナタティア』」


 この海域にある島がどこも無人島である理由。

 それはこの海をナワバリにしている海竜が原因だった。

 渦の中から顔を覗かせたのは青白い鱗で全身を覆った巨大なウミヘビである。

 海から出てきた顔と首だけでもソレイユの何倍もある。全身を含めれば、クジラ並に大きいだろう。


「わざわざ、俺の船出を見送りに出てきてくれた……そういうわけじゃないよな?」


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 グレナタティアがこちらを睥睨して、高々と吠えた。

 明らかにソレイユを餌としてみなしている。大きな金色の瞳には色濃い敵意と害意が浮かんでいた。


「仕方がない……それじゃあ、斬り捨ててこう」


 ソレイユが刀を抜いた。

 一.五メートルほどの長さがある大太刀。黒色だが、刃の部分にうっすらと赤みがかった波紋が浮かんでいる。

 名刀だ。溜息が出るほど見事な剣である。


「力を手に入れる前の俺だったら、とても使いこなすことはできなかっただろうな……」


 だが……今ならば、違う。

 身の内から溢れ出る溶岩のような力。煮えたぎる魔力を流し込むと、刀身が鮮やかな深紅色に輝き出した。

 この刀が東方に伝わる伝説の金属……『ヒヒイロカネ』によって作られている証拠である。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッッッ!!」


 ソレイユから発せられる尋常ではない力を感じ取ったのか……グレナタティアが一際大きな絶叫を上げる。

 そして、荒波を巻き起こしながら船ごと呑み込もうと大口を開いて襲いかかってきた。


「…………」


 ソレイユが目を細める。

 絶体絶命の場面だというのに恐怖は微塵もない。

 泰然自若として落ち着いた境地のまま、魔力を込めた刀を振り抜いた。


「アルマカイン舞刀術――『疾風はやて』!」


 風のように自然に、雷のように鋭く振るわれた刃。

 そこから魔力の斬撃が放たれ、グレナタティアに飛んでいく。


「GYAッ……!?」


 刃がグレナタティアを通り抜け、背後の大波を両断した。

 グレナタティアが一瞬だけ動きを止めて、怪訝そうに鎌首を傾げる。


「Aッ……」


 だが……次の瞬間、長く大きな首に赤い線が刻まれ、そこから血が噴き出した。

 巨大な頭部が首と分かたれ、海面に落下して大きな波しぶきを起こす。


「フウ……こんなものだな」


 ソレイユが刀を鞘に納める。

 達成感はそれほどない。

 海域の主を一撃で斬り伏せたというのに、「まあ、そうだろうな」という程度の感想だった。


(今の俺だったら、それくらいできるだろう……なんたって、カグヤ先生の弟子なんだからな!)


 ソレイユは強い。強くなった。

 物心ついた頃から、カグヤから剣術の手ほどきを受けていた。

 比較対象はいないが、カグヤは最高にして最強の剣士。ソレイユはそれを確信している。

 史上最高の戦士から薫陶を授かったのだから、強くならないわけがなかった。


(そして……もう一つの力。こちらも先生から貰ったものだ)


 災禍の呪いの反転。

 一国に降りかかる災害、数百万人の人間を不幸のどん底に落とす負のエネルギーが祝福に転じて、ソレイユの身に宿っている。

 その力がどれほどのものか……ソレイユ自身にも底が見えない。


「俺はこの力で世界に出る……どこまで行けるか、どこまで昇れるか試してやる……!」


 主から貰った二つの力。

 それがどこまで通用するのか、世界を相手に試してやろうではないか。


 目指すは世界最強。

 ソレイユは意気揚々と船を出した。

 グレナタティアの血によって真っ赤に染まった海を掻き分けて、師匠と共に過ごした小島から旅立っていったのである。






――――――――――

これにて序章完結。

明日から新展開となります。

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