第2話 成長した呪い子

 水平線の彼方まで続いている蒼穹の空。

 燦燦と照り、灼熱を地上に降りそそいでいる太陽。

 どこまでも澄んだ南国の空の下、一組の男女が剣を手にして向かい合っていた。


「さあ、来なさい。遠慮なく」


「オオオオオオオオオオオオオッ!」


 悠然とした所作で手招きをされて、青年が叫んだ。

 空気を断つような裂ぱくの気合を込めて叫び、地面を蹴って跳躍する。


「ハアッ!」


 青年が手にしていた剣を振り下ろす。

 鋭く、速い斬撃である。

 二十歳にもならない年頃の青年が放ったとは思えぬほど洗練された一撃だった。


「うん、遅いよ」


 だが……そんな一撃が女の剣によって、あっさりと受け止められた。

 平然と青年の剣を防いで見せたのは、長い黒髪を靡かせた美貌の女性である。

 黒髪黒目のエキゾチックな容姿をしており、細身でスラリと長い手足の持ち主だ。

 人形じみて整った顔立ち。凛とした双眸が青年の剣を観察している。


「前よりも剣速は上がっているけど、その分だけ魔力の制御が雑になっている……未熟だね」


「ッ……!」


 女性が剣を振り抜いた。

 細腕からは想像できない馬鹿力によって青年が吹き飛ばされ、地面を転がる。


「クッ……この!」


 しかし、青年は間髪入れずに立ち上がった。

 今度は正面から斬りかかるような真似はせず、左右に鋭いステップを踏んでフェイントを駆けながら接近する。

 それは反復横跳びのような仕草であったが……速度が異常である。

 常人の動体視力には、青年の身体がいくつにも分裂したように見えるだろう。


「だから、雑だって。もっと静かに、スマートに、美しく振る舞いなさい」


 女性が溜息を一つ。

 そして……自然な所作で剣を振るう。

 そよ風が吹き抜けるような滑らかさで通り抜けた斬撃が、高速移動で分身している青年の一人を捉えた。


「ウッ……!」


 慌てた様子で青年が防御する。

 どうにか剣で受け止めることができたが……一瞬反応が遅ければ、致命傷に近い傷を負っていたことだろう。


「まだ終わりじゃないよ。気を抜かないの」


「ッ……!?」


 ゾッとするような注意喚起。

 直後、青年の腹部を衝撃が襲った。

 女性が長い脚を振り抜いたのだ。

 弧を描いた足部が青年の横っ腹を薙ぎ、再び地面に転がす。


「グウッ……げほげほっ……!」


 痛烈な一撃を喰らい、今度は起き上がれなかった。

 青年が地面にうずくまって何度も何度も咳き込んだ。


「はい、本日の訓練はこれまで。どうして敗北したのか考えてまとめておくように。それから、今日は入浴の日だから風呂の支度も忘れずしておきなさい」


「あ、ありがとう……ございました……」


 苦悶に呻きながら、青年がどうにか言葉を絞り出す。

 女性がどこからか取り出した木桶を青年の眼前に投げつけて、足音を立てることもなく去っていった。


「ウウッ……また、負けた。いったい、どれほど遠いんだ……」


 しばし苦しんでいた青年であるが、やがて痛みが治まってきて身を起こす。

 地面を這って転がっていた剣を拾い、鞘に納めた。


「スー、ハー……スー、ハー……」


 座り込み、呼吸を整えている青年の名前はソレイユ。

 年齢は十八歳。黒髪赤目という不思議な特徴を持っており、体格は中肉中背、顔つきはやや日焼けした精悍な顔立ち。

 少し幼さを残しているが、『美丈夫』という言葉が似合う青年である。

 ちなみに、先ほど剣を交えていた女性の名前はカグヤ。ソレイユにとっては剣の師匠であり、育て親でもある人物だった。


 二人は南海にある小さな島に住んでいた。

 彼らが暮らしているのは『グレナタティア諸島』にある小島の一つ。

 グレナタティア諸島は周辺の海域に強力な魔物が棲んでいるため、人が暮らすことのできない無人島群となっている。

 おそらく、この海域に住んでいるのはソレイユとカグヤの二人だけだろう。


(そういえば……カグヤ先生はいつからこの島に住んでいるんだろう?)


 ふと、ソレイユの脳裏に疑問が生じる。

 ソレイユは赤ん坊の頃に海を漂流しているところをカグヤに助けられ、今日まで育てられた。それはカグヤ本人の口から聞かされている。

 だが……カグヤがどうして無人島で暮らしているのか、いつからここにいるのか、それを訊ねたことはない。


(今度、聞いてみようかな……それはともかくとして、今は)


「水、汲んでこようかな」


 ようやく、腹部の痛みが抜けてきた。

 ソレイユは立ち上がり、水汲みをするために木桶を手に取る。

 地面を転がったせいで身体中が砂まみれだ。ついでに水浴びもしておこう。


「熱っ……」


 常夏の日差しに眩しそうに目を細めて、ソレイユが緩慢な足取りで島を歩いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る