第2話 幼馴染

 そんなテストを三時間過ごして、午後から放課となった。教員たちがテストの採点をしなければならないので、部活動も休みになっており、それらに参加している連中から、千宙はテスト明けの打ち上げに勧誘をされたが断った。

「おい、どうすんだ?」

 その理由は、彼が向かった席の女子だった。

 結奈瑞穂。彼の幼馴染であった。

「ちょっと先生のところに行って来る」

「あ、じゃあ、俺も行くよ」

 瑞穂は書道部に所属している。作品展が夏休みに入って早々にあるから、その作品作りが控えていた。が、部活動は停止中。そこで個人活動ということで顧問から許可を得ようとしたが、

「結奈さん、顔色が優れないようよ。体調を整えなければ、いい作品はできないわよ」

 そう言われたのだった。それは千宙には予測できたことだった。彼女は体が弱いというわけではないが、最近貧血気味なようで、度々立ちくらみやめまいに襲われていた。その彼女を放ってテストの打ち上げには、彼は行けなかった。

「私に気にせずに行けばいいのに」

 謙虚にそう言う彼女の提案を彼は受け入れず、一緒に帰ることにした。

 彼女の何事に対しても懸命になる生真面目な態度は、千宙にとって羨ましくも歯がゆいところでもあった。書道部だけではなく、保健委員も務めている。それだけでも慌しい。また千宙が釈然としない勉強を押し付ける学校にも、彼女は従順な方であり、成績が良いにも関わらず、予復習以外にも受験勉強をすでに始めていた。夏休みは夏季講習に行こうかなどと彼に訊いてきたくらいである。何度となく普通に勉強していれば、地元の国立大学には行けるだろうと言ってはみるものの、彼女は

「受験は何があるか分からないから、用心だよ。千宙だってもっと勉強すればいいのに」

 と言って聞かなかった。彼女は手抜きということができないのであった。

 それはこの日の帰りも同様であり、彼女は彼にそう言って返した。

「それよりもさ、書道部に正式に入らない?」

「いや、いい。必要な時にお前の手伝いだけで十分だ」

 校舎を出て、バス停まで並んで歩く。この炎天下が瑞穂の貧血を助長しないよう、千宙は太陽をにらんだ。

「なあ、病院行ってちゃんと診てもらった方がいいんじゃねえか? 何だったらこれから行くか?」

 すでに十日ほどの体調不良は、さすがに診察の余地があるというものだ。

 そのタイミングで到着したバスに乗り込む。それは千宙にとっては、瑞穂からの即答を妨げた邪魔者でしかなかった。が、その巡回する無機質な物体にそれを言っても無駄だった。

「明後日にでも行くよ」

 車内で立って並ぶ彼女は千宙にそんな作り笑顔を向けた。彼女にとって自分の貧血で彼にこうも気にかけさせるのは本意ではなかった。だから、彼の関心を逸らせ、安心させる言葉を出すしかなかった。

 千宙は、瑞穂が心配をかけまいとそんなことを言ったのだとは容易にくみ取ることができた。それは、彼女とともにいた十数年という歴史から読み取れる感覚だった。が、具体的な日付の提示は、テスト返却がされる翌日の、取り立てて何もない普段の時間割にあってはタイミング的には都合がいいのだろうと推測することができた。

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