【第四章】
「やっぱり、ここにいたっ…………!」
繁華街の路地裏にある公園のベンチで腰掛けていた天の目の前に立っているのは、別の高校の制服を着た男子生徒だった。
精悍な顔立ちをした青年、という印象だ。
「何で………来たの」
彼と会うのはこれで三度目。
「こないだ、腕に痣があったでしょ?……それで、大丈夫かなって気になって」
もし会うならここだと思ったらしい。
彼の言葉にバッと腕を隠した。
「見たの………?」
「いや、見たというか……見えちゃったんだよね。……大丈夫?」
天の顔がしだいに青冷めていく。
「大丈夫…………?」
「…………して………」
「え?」
「どうして皆は、『私』を世界から引きずり下そうとするの?」
ぼそり、と呟いた。
「えっ…………」
「『ママ』だってそう。自分が一番になるために『私』を踏み台にするんだっ………!」
ぽつりぽつりと、心の内が溢れ出す。
「……どうして皆はそんなことするの?」
そっと天の横に腰掛け、彼は訊いてきた。
「『私』が憎いから………って」
「何で……君は何も悪くないのに………?」
「『ママ』にとって『私』は『いい子』じゃないから………。皆は調子に乗ってる『私』が悪いんだって…………」
「それは…………酷いね」
家に帰りたくない。あんな家に戻りたくない。
学校も行きたくない。どうして『私』だけいじめられるの?
天の話に彼はずっと頷いて聞いてくれていた。
───ああ、この子も苦しいんだ。
苦しいのは自分ばかりだと思っていた。
───ああ、この子もちゃんとした『人間』なんだ。
自分だけではないのだと、ようやく理解した。
「じゃあ、俺の家に来る?」
「………」
「あ、ああ、いやその。全然他意はなく……。ほらっ、人も来たら母さんも喜ぶしさっ」
何とか安全だということを弁明しようと、つい早口になってしまった。
「自分の家に帰るよりいい、と思うからさ」
「………」
───いきなりはまずかったかな………。
天からの返事がなかなかないので、不安になってしまう。
「ふ…………」
天は目を細めた。
「……今、笑った?」
彼の言葉に表情をすんっ、とさせる。
「笑ってない」
「いや、絶対笑った!」
「笑ってないから」
両者は食い下がらない。
───他人とこんなふうに話したのは初めて………。
天の心が温かくなるような気持ちになった。
「そういえば、名前とか言ってなかったね」
彼は改まるようにして天の前に立った。
「俺は、蒼月。
「天……。鯉浦天。私……あなたの家に行く」
蒼月は天と握手をした。
「じゃ、帰ろう」
蒼月に引っ張られるようにして天はその背を追いかけた。
*
「ただいま〜」
「お、お邪魔します………」
蒼月の家に着くと、彼の母親がリビングでくつろいでいた。
「おかえり〜……って、あらっ!あらあらっ!どうしちゃったのよぉ蒼月。彼女さん?」
蒼月の後ろで隠れていた天を見て驚きと嬉しさの表情が交差していた。
「ちがうよ。ちょっと事情があって………」
蒼月は母親に近寄りヒソヒソと耳打ちした。
「……わかったわ」
しだいに母親の表情が強張っていくのが天でもわかった。
すると、先ほどの顔が何事もなかったかのように特大の笑顔を天に見せた。
「こんにちは。蒼月の母、鈴子よ。今日は気軽に過ごしてちょうだい」
「はい………」
鈴子はそう言って天の肩を掴み、くるりと洗面所のある方向へ向けた。
「じゃ、私達二人はお風呂に入ってくるから。蒼月、夕飯の用意お願いね」
「えっ……え………」
鈴子の唐突な発言に天は戸惑う。
「わかったよ」
そのままバスルームへ連行される。
「大丈夫よ〜。同性同士なんだから気軽にね」
鈴子はなだめるように言うが、天の目からは警戒心がまだ宿っている。
「あの……あまり人に肌を見せられないので………」
「全然そんなのいいのよ!」
半ば強引だが、鈴子は天の服を脱がすことに成功した。
───痣は腕だけじゃないのね。
背中に複数の痣を見つけた。
───ときどき……?いや、ほとんど毎日と言ってもいいかも………。
所々、膿んでいる箇所もある。
───母親は一体何をしているの…………。
痛々しいその姿に鈴子は怒りが湧いてきた。
───こんなに………痣をつくらせて…………。
彼女の全てを消し去りたいくらい、怒った。
───どうしてこの子が痛い目にあわないといけないのよ。
それくらい、怒った。
「あの……ごめんなさい」
───どうしてあなたが謝るのよ。
「肌、汚いですよね…………」
───あなたが卑下することはないのに。
「痣ばっかりで………」
もう、泣きそうになった。
「………で」
───もう、謝らないで……。
「あなたは悪くないの。謝らないで」
胸が締め付けられる。
「はい…………」
天は『涙』が出そうになった。
───優しい人だ…………。
初めて人の優しさに触れた。
「だからね、もう自分を卑下しないで」
初めて『母親』というものを感じた。
今まで『母親』というのは、冷たい目を向けるか生優しい言葉をかけるかの存在だと思っていた。
───こんなにも想われるものなんだ。
「自分を大切にしてね」
「はい………」
天は風呂から上がり、携帯をつけた。
『今どこにいるの?』
『返事しなさい』
『帰らないとママ怒るからね』
『電話』
『電話』
『電話』
『電話』
『電話』
『電話』
『電話』
紫からいくつもの連絡が届いていた。
「………───」
その様子を見ていた蒼月は天の震える手にそっと自分の手を乗せた。
「帰りたくないなら、もう見なくていいよ」
「でも…………」
「消してもいい」
蒼月の手の力が強くなる。
「何があっても、俺が守るから……」
天はその言葉に『涙』が溢れた。
「えっ…………」
突然の涙に戸惑う蒼月。
「違う………。違うの………。そういうのじゃないの…………」
何度も何度も涙を拭う。目の下が赤くなるくらい、拭った。
『今、どこにいるの』
紫からまた連絡がきた。
「見なくていいよ」
蒼月は携帯を天から離した。
「でも………」
蒼月は首を横に振る。
「いやなら、全部捨てたっていい」
「…………」
また、握る手が強くなる。
「そうよ。もう、出なくてもいいと思うわ」
鈴子も賛成した。
「あ…………」
───本当に、出なくてもいいの………?
───無視していいの?
───捨てていいの?
自分という存在が認められた気がした。
「全部………捨ててもいいですか…………?」
二人は「もちろん」と答えてくれた。
───ずっと、欲しかった言葉。
「ありが、とう……ございます………」
それだけでも救われた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます