超常事案検討クラブ

吉太郎

プロローグ

 私は今、とても変な場所にいる。

 真昼間だと言うのに陽が当たらず薄暗い室内、壁一面に本棚が設置され入室者に圧迫感を感じさせる。

 T大学文化棟5階、その最奥。おおよその大学生は近寄らないであろう辺鄙な場所に私は連れてこられてしまった。

「まぁそう緊張するな。何も危害を加えるわけじゃない」

 部屋の中央に置かれた大きめの木製の長机、私は所謂下座に座っている。その右側には長い黒髪を後ろで結んだ女性が座っている。彼女は私の緊張を解そうとしているらしいが、その切れ長の瞳はまるで私を射殺すように光っている。

「ええ~、そこまで緊張する必要は無いんですよ? 私たちはただ、このサークルについて貴方にご紹介したいだけですから~」

 私の左側、長いウェーブのかかった髪が特徴的な女性は朗らかに微笑んだ。が、目は笑っていないように見える。あくまで私の主観だが。

「さて、そろそろいいですか?」

 長机の上座、殊更陽の届かない場所から声がする。

 私の真正面に座っているのは濃いクマが特徴的な男性だった。彼はギラリと目を輝かせ、口元に笑みを浮かべながら話し始める。

「それでは改めて、ようこそ、『超常事案検討クラブ』へ』


*****


 時を遡ること1時間前。

 T大学正門前はサークル勧誘の為に集った学生達で賑わっていた。

「T大野球部! T大野球部どうですか!」

「テニサー、テニサーどうですかー! ワイワイ楽しめるよー」

「工学部科学研究サークルで! 科学の素晴らしさをその身で感じよう!」

 入学式翌日の新入生オリエンテーションが終わり、帰路に向かう新入生をターゲットとした先輩方のサークル勧誘には熱が入っていた。新入生達は各々が興味あるサークルのブースに吸い込まれていく。説明を聞く者、パンフレットを受け取る者、さっそく入会を決める者。正門前はちょっとしたお祭りみたいになっていた。

 かく言う私、佐波世奈さなみせなもこの喧噪に巻き込まれ、正門前から動けずにいた。

「君! テニサーどうよ、テニスサークル!」

「あ、いや・・・」

「科学研究サークルで、夢を見ないか!!」

「いえ、科学はちょっと・・・」

「野球部でマネージャーをしないかっ! 君なら大歓迎だ!」

「あ、あのぅ・・・・」

 息を荒げ迫る先輩方の圧に押されかけていると。

「どけ、邪魔だ」

 先輩方の壁をしなやか足で蹴破り、一人の女性が私の前に現われた。

 艶やかな黒髪を後ろで纏め、スポーツウェアのような服装の女性。”クールビューティー”という言葉を体現したかのような、綺麗というよりカッコイイという表現が似合う女性だった。

 彼女は切れ長の瞳で私を一瞥すると、私の手を取り人混みをかき分け歩き出した。

「あ、あの! どちらさまで?」

 突然のことに驚く私。女性は背を向けたまま答えた。

「新入生、お前はサークルに入りたいんだろう?」

「え、いや、別に入ろうとは・・・」

「入りたいんだよな? な?」

「は、はいぃ・・・・」

 先程の先輩方とは比べものにならない圧に押され、私は消え入るような声で返事をした。

「それはよかった。お前に良いサークルを紹介してやる」

「あ、あの、一体どこに・・・?」

「『超常事案検討クラブ』に向かってる」

 聞き慣れないサークル、もといクラブ名を口にした後、クールビューティーは有無を言わさず私を引っ張って行く。私も最早逃れる術はないのだと諦めの境地に達し、彼女に曳かれるがまま歩いた。

 正門を抜け、講義棟を何個か通り過ぎ、大学校内の端っこに聳える第3文化棟へと足を踏み入れる。歴史のあるT大にはかつて、文化系のサークルだけで30個近くあったらしい。そのほとんどがお遊びサークルで真面目に活動していたところは少なかったらしいが、遊びだろうとサークルはサークル、各々に活動の場を提供しなければならない。文化系サークルの活動場所として元々第1、第2文化棟は存在していたが、とても場所が足りず、大学側は泣く泣く3つ目の文化棟を建設した。それがこの第3文化棟らしい(さっきのオリエンテーション時に先輩から聞いた話)。

 現在は文化系サークルの減少に伴いほとんど使われていないと聞いたが・・・。ここに例のサークルが?

 私の無言の疑問を察したのか、クールな彼女は女性にしては低めの声で応えた。

「ここの5階だ。きっと気に入ると思う」

 彼女に曳かれるがまま5階分階段を上り終え、息を吐く暇もなく廊下の一番端の部屋に辿り着いた。

 如何にも古めかしい木製のドア。くすんだ銀色のプレートには確かに『超常事案検討クラブ』と書かれている。

「さあ、中に入れ」

 まるで収監されるが如く、私は怖ず怖ずと室内に入ったのである。


*****


 時は戻り現在。

 不健康そうな目を輝かせた男性は嬉しそうにこう言った。

「それでは改めて、ようこそ、『超常事案検討クラブ』へ」

「ちょ、『超常事案検討クラブ』・・・」

「まったくチープな名前だろう? もっとマシな名前は無かったのか?」

「そうですか? 素敵なお名前だと思いますけど?」

「あ、あの、私いまいちこの『超常事案検討クラブ』?について分かっていないんですが・・・。そもそもここにいきなり連れてこられて何が何だか・・・」

「え~? まさかタツミさん、何の説明もナシに連れてきたんですか?」

「ああ。わざわざあの場で説明するのが面倒だった。どうせこの場で説明するんだから、良いだろう?」

「タツミさん、流石に簡単な説明くらいはしましょう。どおりで彼女が混乱するわけです」

「全くですよ~」

「すまん」

「あ、あの・・・・」

「失礼、まずは皆さん自己紹介をしましょう。私はこのクラブの代表、3年の六道明りくどうあきらと言います」

「同じく3年、二ノ丸巽にのまるたつみ

「私も3年の八坂百合亜やさかゆりあと言います。よろしくお願いしますね~」

「本来はもう一人いるのですが今日はお休みでして。当クラブは計4人で活動しています。まぁ今日から貴方も加わりますから、5人になりますね」

「そうなんですね・・・・って、いやいや! まだ私入るなんて・・!」

「いえ、貴方は入ります。いえ、入るべきです、佐波世奈さん?」

「えっ、なんで私の名前を!?」

「まぁまぁ、落ち着いて。順を追って説明しましょう」


アキラ「まずは当クラブの活動内容から。当クラブでは部員各々が収集した噂、都市伝説、怪談、伝聞、伝承、伝説などなど、所謂オカルト話をこの部室で披露し、その話がどういった意味を持ちどのように対応すべきか、部員同士で話し合い”検討”していきます」

セナ「なるほど・・・。あの、なんの為にですか・・・?」

アキラ「良い質問です。簡単に言えば、『自身の仕事に役立てるため』でしょうか?」

セナ「仕事?」

タツミ「ここにいる部員は学生であり、また文章関連の仕事に携わる者でもある」

アキラ「例えば私は『RIKUDO』でオカルト雑誌の編集長をしています」

セナ「『RIKUDO』って、あの出版大手の!? というか六道先輩って・・・」

アキラ「お察しの通り、株式会社RIKUDO代表取締役社長・六道昌明りくどうまさあきの息子です」

セナ「す、すごいですね」

タツミ「私は小説家をしている。『タツミ』のペンネームでホラー小説を書いている」

セナ「え!? 『タツミ』って、去年ホラー小説で初めて芥川賞を取ったあの?」

タツミ「あの、だ」

ユリア「私は実家で事典の校閲をしています。『八坂堂』と言えば伝わりますかね~」

セナ「や、『八坂堂』!? 世界中の辞典を取り扱う『言葉の博物館』の!?」

タツミ「随分詳しいな、お前」

セナ「え! えっと、私の父が編集者をしていまして、私も本が大好きで、小説なんか書いちゃったりして・・・・。と、とにかく! 皆さんの『お仕事』に役立てるためにオカルト話を持ち寄ってそれを検討?するのがこのクラブの活動なんですね?」

アキラ「その通り。クラブでの活動を私は担当雑誌の内容に、タツミさんは自身の小説に、ユリアさんは校閲作業の参考にしているわけです。まぁ、半分趣味でもあるんですがね。世に蔓延る怪異・怪談の類い、非常に興味深いと思いませんか?」

セナ「な、なるほど・・・。それで、何故私の名前を?」

アキラ「貴方に目を付けていたからです」

セナ「め、目を?」

アキラ「貴方は、ですね」

セナ「! どうしてそれを!?」

アキラ「佐波真奈さなみまな先輩はかつて、このクラブの代表をしていました」

セナ「お姉ちゃんが、このクラブに?」

ユリア「とても朗らかで、優しくて。いつも真剣に私たちのお話を聞いてくれるとっても良い先輩でした~

タツミ「ああ、本当にいい人だった。それが突然、不慮の事故で亡くなってしまって・・・・・おっと、すまない。流石に失礼だった」

セナ「いえ・・・。あの、お姉ちゃんはここでなにを?」

アキラ「先輩は我々と違い、ただオカルト好きだからという事でこのクラブに在籍していました。私たちの検討を楽しそうに聞いていて、それを文章に纏めファイリングしてくれていたんです。『後々見返して、何かの参考に役立てて』、と」

セナ「そう、だったんですね」

アキラ「・・・先輩は亡くなる前に、私にあることを2つ託しました。1つはこのクラブのこと。『代表は任せたよ』と微笑んでいたのを昨日のことのように思い出せます。そしてもう一つは、セナさん。貴方のことです」

セナ「私の?」

タツミ「マナさんはいつもお前のことを話してた。『妹は引っ込み思案だけど、私より優秀で頼りになる』とな」

アキラ「そんな先輩がこう言ったんです。『私に何かあれば妹を頼む』『必ずこの大学に来るはずだから』とね。だから貴方が入学したことを知り今日この大学に来ていることを把握した時点でタツミさんに頼んだんです。佐波先輩の妹を勧誘してきて欲しいと」

セナ「そういうことだったんですね・・・」

タツミ「突然連れてきて悪かったな」

セナ「いえいえ! 確かに驚いたし怖かったし逃げ出したかったですけど」

タツミ「むっ」

ユリア「それはそうですよ~。当たり前の反応です」

セナ「で、でも! 皆さんがお姉ちゃんの知り合いで、お姉ちゃんと仲良くしてくれたって聞いて、なんだか安心しました。お姉ちゃん、私のことばかり気にかけて自分の事は後回しにしていたので。ちゃんと学生生活を楽しんでた事が知れて良かったです。皆さん、ありがとうございます」

タツミ「・・・・・」

ユリア「・・・・・」

アキラ「・・・・・さて、それでは改めて、セナさん。このクラブに入る気はありませんか?」

タツミ「私としては大歓迎だ。丁度可愛い後輩が欲しいと思っていたしな」

ユリア「私も、先輩の妹さんなら大歓迎ですよ~」

セナ「皆さん・・・」

アキラ「セナさんにはこのクラブで、先輩が行っていた検討を纏め文章か、つまりは書記のような仕事を行っていただきたいのです。我々の検討に混ざりつつそれを纏める、貴方なら出来ると思いますが、いかがです?」

セナ「・・・・・あの、私、やってみたいです。お姉ちゃんがかつてやっていた仕事を」

アキラ「・・・ありがとうございます、セナさん。では、新たな仲間として佐波世奈さんを迎えたいと思いますが、皆さんどうですか?」

タツミ「反対する理由が無い。これからよろしくな」

ユリア「これからもっと賑やかになりそうですね~。セナさん、よろしくお願いします~」

セナ「まだまだ分からないことだらけですけど、とりあえずよろしくお願いします!」

アキラ「決まりですね。・・・・ようこそ、佐波世奈さん。『超常事案検討クラブ』へ」



 今は亡き姉がかつて代表を務めていたという『超常事案検討クラブ』。その新たな一員として加わった私、佐波世奈。

 活動内容はいまいち分からないが、この先輩方とならうまくやっていけるだろう。この時はそんな、愚かなほど楽観的な気持ちで入会を決意した。

 まさか、この先にあんな出来事が待ち受けていようとは。

 この時の私には、知る由もなかったのである――――――――。

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