閑話二:傾奇者と厄介者の珍道中 ​


 呉学人という男……知れば知るほど、面白い。


 ​ あの一件以来、俺はこの天下の珍獣をすっかり気に入り、何かにつけては彼の仕事部屋を訪ねるようになっていた。


 部屋には、検地だの年貢だのと書かれた小難しい巻物が山と積まれ、当の本人は、眉間に深い皺を刻んで帳面と睨めっこしている。


「先生よ。そんな紙切れと向き合って、面白いか?」


「ひっ!?け、慶次殿!い、いつの間に……。ええと、これは大事な仕事でして……」


「つまらん!」


 ​ 俺は、学人が書きかけていた巻物をひったくった。


​「貴殿の天運は、このような埃っぽい部屋で燻らせておくにはあまりに勿体ない!

 行くぞ、先生! この俺が、面白いものを見せてやる!」


「ちょ、お待ちください!この算用を終えねば、利家殿に叱られまする~!」


 ​ 半泣きで抵抗する学人の首根っこをひっ捕まえ、俺は彼を城の外へと無理やり引きずり出した。

 哀れな軍師殿の「仕事がー!」という悲鳴が、青空に虚しく響いている。


 知ったことか !

 叔父御には、俺から上手く言っておけばよかろう。

 ​ 俺は、呉学人という男が、戦場や城といった「盤上」から解き放たれた時、一体どんな奇跡……いや、どんな面白い騒動を巻き起こすのか、それが見たくてたまらなかったのだ。

 ​ ​

 ​

 城下町は、多くの人々で賑わっていた。

 俺が、自慢の朱槍を肩に担ぎ、派手な着物で大股に歩けば、道行く人々は皆、畏れと好奇の目で道を開ける。


 その隣で、学人は「目立っております……」「早く城へ戻りましょう……」と、生まれたての小鹿のように震えていた。


「何を言うか。これくらいでなければ、傾奇者は務まらんわ」


 ​ 俺が笑い飛ばした、その時だった。

 道の向こうから、見るからに素行の悪い、数人のならず者……いや、どこかの家に仕える崩れ武士といった風体の男たちが、こちらへ向かって歩いてきた。

 連中は、俺の姿を認めると、わざとらしく肩をぶつけてきおった。


「おっと、こいつは……ずいぶんとまあ、派手な恰好のお侍様だなぁ、おい」


「田舎の祭でもあるのかい?それとも、鳥でも脅す案山子か?」


 ​ 下卑た笑い声が、周囲に響く。


 面白い。実に面白い。


 この俺、前田慶次に、面と向かって喧嘩を売ってくる命知らずが、まだこの世にいたとは……


​「ほう。 わしの着物が、何かお気に召さぬかな?」


 俺がニヤリと笑い、槍の柄を握り直すと、男たちは待ってましたとばかりに刀の柄に手をかけた。


 町人たちが、さっと遠巻きに離れていく。


 よし、久々に腕が鳴るわ。

 ​ その、一触即発の空気の中。

 場違いな、震える声が響いた。


「お、おやめください!」


 ​ 呉学人だった。

 彼は、俺とならず者たちの間に割って入ろうと、一歩前に踏み出した。


 だが、その一歩が、全ての引き金となった。

 ​ 極度の緊張で足がもつれた学人は、見事にすっ転び、近くに停めてあった八百屋の荷車に、頭から勢いよく突っ込んでしまったのだ。


 ​ ガッシャーン!


 ​ 凄まじい音を立てて、荷車がひっくり返る。

 そして、荷台に山と積まれていた、つやつやと丸い南瓜かぼちゃや、太くたくましい大根たちが、解き放たれた獣のように坂道を転がり始めた!


「「「な、なんだぁ!?」」」


 ​ 刀を抜きかけていたならず者たちは、あっけにとられていた。

 彼らが我に返った時には、もはや手遅れ。

 怒涛の勢いで転がってくる野菜の軍勢が、彼らの足元を的確に襲った。


​「ぐわっ!」


「うおっ!?」


 ​ 一人は南瓜に足を取られて派手にすっ転び、後頭部を強打。


 一人は大根に足を払われ、前のめりに倒れて仲間と激突。


 荷車の車輪までが転がり、残りの連中を見事な一撃でなぎ倒した。


 ​ ほんの十数秒後。


 そこには、野菜まみれになって、無様に気絶しているならず者たちの姿だけが残っていた。


 俺は、槍を構えたまま、その一部始終を呆然と見つめていた。

 ​ やがて、俺の腹の底から、堪えきれない笑いが、大噴火のように吹き出した。


​「ぶわっはっはっはっはっは! 見事だ!見事だ、先生!」


 ​ 俺は、腹を抱えてその場にうずくまった。涙が出るほど笑った。


「槍も刀も使わず!兵法よろしく、野菜で敵を打ち破るとは!

 天下広しといえど、これほどの戦上手いくさじょうずがおったとはな!」


 ​ 遠巻きに見ていた町人たちも、何が起きたかを理解すると、やんやの喝采を上げ始めた。


「さすがは誤先生だ!」


「悪人どもを見事に懲らしめてくださった!」


 ​ その喝采の中心で、当の呉学人は、野菜と泥にまみれながら、半泣きで八百屋の主人に平謝りに謝っていた。


「も、申し訳ございません!弁償は、必ず……ああ、私はなんという……!」


 ​ その姿を見て、俺はさらに笑った。


 やはりだ。 やはり、この男は、俺の期待を裏切らない。


 この呉学人という男と一緒ならば、退屈な泰平の世も、毎日が戦場のように刺激的なものになるに違いない。


 俺は、そう確信したのだった。


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