試し合い3

木製の模擬剣が俺へと振り下ろされる。

とっさに金属質の剣を構築し、防御姿勢。

木剣じゃないから反則とか言わないよな?


火花が散り、腕の筋肉が引き攣る。

木剣のはずなのに、金属を叩き割るような凄まじく重い衝撃。

よく見れば――剣そのものにも魔力を纏わせている。


(武器ごと魔力で強化?! そんな芸当もできるのか!)


魔力で強化した木剣と、俺が魔力で構築した剣。その強度に大きな差はなさそうだが、押し込まれる力の差は歴然だった。


「っ……!」


つばぜり合い。木と魔力と筋肉が軋む。

力では不利。上体がぐぐっと仰け反らされる。肩から背筋までが悲鳴を上げ、足裏が石畳を離しそうになる。


まもなく、構築した剣は崩壊する。

――その瞬間を狙う。崩れた勢いを利用して、うまく体を流していなしてやる。


「……っ!」


剣の崩壊と同時にバハムがつんのめり体勢を崩す――ことはなかった。


わずかに膝を沈め、崩れた力をすぐさま足腰で受け止めていた。

むしろ、崩れたのは、いなそうと横へ動いた俺の体勢のほうだ。


「――!」


傾いた重心に逆らわず横へ飛んでかわそうとした俺に、木剣が鋭く薙ぎ払われる。

唸るような風切り音。

肩口にのしかかる衝撃は、やはり木剣とは思えない重さだった。


骨がきしみ、砕けそうな痛みが背筋を駆け抜ける。

肺が押し潰され、空気を追い出す。

視界の端の灰色が迫り、石畳に叩きつけられる。


振り被りなし。木製の模擬剣。それでこの威力。真剣なら終わっていた。

転がって距離を取ろうとするが、その前に蹴りを叩き込まれる。呼吸が止まる。

今度こそ転がされる。十メートル近く転がった。

また、開始地点からはずいぶん離れた。


「……くそっ……!」


近接戦でまともにやっては勝てない。頭では分かっていたが、骨で理解させられる衝撃だった。


――だが、手札は増えた。気休め程度かもしれないが。


もともと解析済み火球との共通点から、バハムの魔法は解析できた。

速度と威力のリソース配分。それだけの微調整だ。でも勉強になったよ。


バハムがやっていた、“大きくて遅い火球”を模倣する。

通常の術式でも、魔力を多く込めれば威力も弾速も上がるが、それには僅かばかりのが必要だ。

しかし、これなら、それは要らない。ブラフ、時間稼ぎ、そして目くらましにはぴったりだ。


這いつくばったままで、巨大な火球を放つ。狙いも適当。それでも、ほんの少しの間、奴から俺の姿を隠してくれるだろう。


必死で立ち上がりつつ、視界が揺れる中で、今のうちにと観客席を見やる。

ノアと目が合った。顔は、青ざめを通り越して土気色だ。


――違う。そういうつもりで見たわけじゃない。いや、違うわけでもないか。


ふらつく体をなんとか立て直しながら、火球を回避したバハムへと人差し指を突き出す。

弾丸を連射。だが距離があるせいで、やはり大半は躱される。


同時に術式を構築する。

バハムがやってみせた“小さくて速い火球”。今度はあれを真似る。弾丸ほどじゃないがある程度は連射可能だ。

右の指先はマシンガン。

左の指先からは小さな火球。


めちゃくちゃに撒き散らしながら後退する。

有効打にはならない。けれど、それでいい。


バハムは先ほどと同じように、巨大な火球の詠唱に入った。

こちらの攻撃のほとんどを躱し、一部は魔力を纏うことで耐えながら。


放たれる。

轟音とともに炎の巨塊が迫ってきた。


俺は両手の火器を停止すると、必要以上に大きく飛んでかわす。開始地点からはもう数十メートルも離れている。

石畳を焼き、爆炎が熱風となって肌を刺した。


避けながら見ていた――バハムはもう駆け出し、次を唱えている。


(接近されたら、終わるな)


次の“小さくて速い火球”は避けられない。


(だから、こちらから接近する!)


俺はバハムへ向けて駆け出す。やけくそになったわけじゃない。


火球は――果たして飛来しなかった。


口角が勝手に吊り上がる。やっぱり王族は便利だ。

さっきから俺が大げさに攻撃を避ける方向、距離を取る方向が、ずっと観客席に向かっていたのに気づかなかったか?

王を人質に取るなんて、自分や兵がいる限り不可能だから気にしなかったか?

だがまで誘い込むことは出来た。

奴から見て俺の真後ろには国王。撃てるわけがない。


――まあ、完全に読み切ったわけじゃない。だが、こいつなら撃てないと踏んだから仕掛けたんだ。


そして、さっきまで必死に飛び道具をばら撒き、逃げ腰に見せていた俺が、自分から突っ込む。予想外だろう。


相対距離は一気に縮む。互いに一直線。避けられない。

俺は走りながら剣を構築した。魔力で形作られた、ぎらつく刃。


勢いのまま振り被る。

だが――さすがだ。バハムは即座に切り替え、木剣で受け止める構え。魔力を纏わせた木剣が、俺の剣と打ち合えることは証明済み。


ならば――同じことをやるまでだ。


魔力で構築した刃に、さらに魔力を纏わせる。

魔力を二重に重ねた剣。魔剣といったところか。


「うぉっらぁーーっ!!!」


細かい狙いなんてない。ただ、全力で振り下ろす。

手応えと共に、バハムの木剣が悲鳴を上げた。

乾いた音を残してへし折れ、そのまま肉を断つ感触が手に伝わる。


返り血が弧を描き、俺の頬をかすめる。

体が勝手に硬直する。――それでも、剣は止まらなかった。


勢いに押されて、俺自身が剣に振り回され、石畳に転がる。

慌てて起き上がった視界の先で、バハムは血を流す左腕を見下ろしていた。


眼光は鋭いままで――口元に笑みを浮かべていた。


しばらくすると彼は剣を捨て、ゆっくりと観客席に歩いていく。

そして玉座の前で片膝をつき、深々と頭を垂れた。


再びこちらへ戻り、血に濡れた左腕で俺の肩を抱き、右手を差し出す。


その顔には、獰猛な笑み。

小さな声で何かを口にしたが、知らない言葉だ。


『卑怯者め』かもしれない。

『この借りは返す』かもしれない。


でも、お前は誇り高い人間だ。さっきの名乗りで分かっていた。

そんなお前が、上っ面で友好的な態度を取り、小声でそんなことを言うだろうか。


この試し合いでの、俺の仕掛けだってそうだ。

躱せないから問題ない。兵隊がガードしているから問題ない。

お前がそんな判断をしないとしたからこそ、大きく仕掛けられたんだ。

ましてや模擬戦だしな。王に火の粉を浴びせることすら絶対に出来ないと。


それに、言葉の響きは意外にも優しく――そこには敬意すら滲んでいたように、俺には思えた。

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