試し合い1

玉座の間から続く回廊を歩く。

高い窓から射す陽光、磨かれた床石、壁に並ぶ甲冑の飾り――どこを見ても絵葉書のようだ。


その中で、鎧に身を固めた兵士たちが左右に列をなし、俺たちを睨みながら付いてくる。

ふかふかの赤絨毯歩いているのに、監視付きで護送されている気分だった。


「……で、どこに連れていかれるんだ?」


日本語で呟くと、前を歩くノアが一瞬だけ振り返った。

緊張と警戒の色がはっきり見える。と言うか、さっきからもじもじしながら俺をちらちら見てくる。気持ち悪いぞ。


やがて重厚な扉を抜け、外気が頬を撫でる。

開けた空間――そこは石畳が敷き詰められ、木製の人形や標的が並ぶ広大な訓練場だった。


状況がきちんと飲み込めているわけではないが、おそらく先ほどの白銀男とここで戦わされるのだろう。異世界の就職面接は実技試験へ。パンダからマングースにジョブチェンジだ。いや、ハブのほうか。


外に出た途端、ノアが俺の腕を掴んだ。

顔色が死人みたいに青い。掴んだ手が震えている。


「セト……聞け。落ち着いて聞け。これは、ただの試しだ。殺されはしない。お前も殺してはいけない。誰も殺してはいけない。誰もだ」


お前が落ち着け。殺されるだの殺すだのと物騒だな。

俺に理解できるように、結論から先に、順序だてて、難しい言葉を避け――ルナ以上に出来るはずだ。


「あの男と戦うんだろ。負けたら帰っていいの?」


帰る家ないんだけどなと自嘲しながら、軽い口調で返す。お前も肩の力を少し抜け。


ノアは一度つばを飲み込むと、さらに身を寄せ、声を潜める。


「お前が殺されることはない。安心して力を見せればいい」


似た内容の繰り返し。だが、それだけに真剣さは伝わってくる。どうやら事態はかなり深刻ということか。


「力を見せないとまずいんだな。わかったよ」


俺の危機感のなさが、ノアを不安にさせてしまったのかもしれない。口調を改め、表情を引き締める。


すると何故か、ノアは表情を一層と引き攣らせて、腕をつかんだ手に力を込める。

青ざめて汗だくで、やけに早口で、『殺すな』『安心しろ』と似たような内容を繰り返す。声も裏返っている。途中で『王に手を出すな』なんて言葉も混じった気がする。


(……いざとなったら、国王を人質にして逃げようとか考えてたのがバレた?)


いや、そんなはずない。――はずだ。


「……オーライ、オーライ。分かったよ。殺さない。試し合い、ね」


再び冗談めかして言いながら、胸の奥にざらついたものが残る。

殺すな。これは分かる。試合なのだから。

力を見せろ。役立たず認定されると、まずいことになるのだろう。

簡単に言ってくれるが、相手は間違いなく実力者だろう。


「おい、聞こえているぞ」


低い声が割り込んできた。先ほどの白銀剣士だ。聞かれちゃまずかったのだろうか。

ノアを射抜くように睨み、それから意外にも落ち着いた目を俺に向ける。


「俺は、強い。死なない。全力で、来い」


ルナがそうするように。ノアが本来やっているように。簡単な言葉で、単語で切るように、ゆっくりとそう言うと、訓練場の中央へ歩いて行った。


(おいおい……こんなことで好感度上がったりなんてしないんだからね!)


ここはお言葉に甘えて、全力で戦うしかないだろう。

相手の実力を信じるだけ。スポーツマンシップ万歳だ。


立て掛けてあった木製の模擬剣の中から適当なものを手に取り、白銀さんの待つ中央に足を踏み入れる。

国王やルナ達は、数十メートルは離れた場所でベンチに座り観戦するようだ。その手前には盾を構えた兵士がずらり。安全対策はばっちりで安心というわけだ。


観客席を見ていたら、ルナの背後に立つノアと目が合う。唇を震わせながら、必死で首を横に振っている。まだ、俺が王に何かすると思っているのだろうか。

完全な誤解とも言えないところが苦しい。


白銀さんが模擬剣を肩に担ぎ、こちらを見ている。

陽光を反射する胸甲。鍛え抜かれた佇まい。

流石はおそらく百戦錬磨の男。立っているだけで、素人の俺にも強いと分かる説得力。


俺はと言えば、薄っぺらなチュニックを着て、剣の握り方も知らない。

面接にジャージで来てしまったような居心地の悪さ。


とりあえず、それっぽく剣を構える。

白銀さんが一歩、石畳を踏み鳴らす。

乾いた音が、やけに大きく響く。

互いの視線がぶつかる。

笑ってごまかす余裕なんて、もうない。

鼓動が煩いが集中しろ。

次の瞬間、体は自然と低く構えていた。


(……よし。先手必勝だ)

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