第8話 選択の夜

 夜風が冷たい。

 校舎裏に響くのは、俺と彼女と友達の荒い呼吸だけ。

 文化祭の打ち上げの音楽が、遠くで別世界みたいに鳴っている。


「……何をすれば止めてくれる?」

 彼女の声は、さっきよりも弱々しかった。

 その顔を見た瞬間、胸の奥が妙にスッとする。

 ああ、やっと俺の立場が逆転した。


「簡単だよ」

 俺はゆっくりと言った。

「二人でやったことを、二人の口から言え。クラス全員の前で」


 彼女の顔が青ざめた。友達は拳を握りしめる。

「ふざけるな……そんなことできるわけ――」


「できないなら、俺がやるだけだ」

 言葉を切り、ポケットの中のUSBを見せつける。

「こいつを明日、HRで流す。二人が笑いながら裏切ってる動画だ」


 彼女は口元を押さえ、涙があふれる。

「やめて……お願い、そんなの無理……!」


 俺は一歩踏み出した。

「無理なら、ずっと俺の前でその笑顔を作ってろ。俺を捨てた時と同じ顔でな」


 彼女がしゃくり上げる。

 友達は俺を睨みつけたまま動かない。

 張りつめた空気が痛いほどだった。


 沈黙を破ったのは、彼女だった。

「……わかった。言う。全部、言う」


 友達が顔を上げる。

「おい、やめろ、そんなことしたら……!」


「もう、隠してても無理だよ……!」

 彼女の叫びが夜に響いた。

 その声は、かつて俺が好きだった彼女の声とは違っていた。

 壊れた声。自分を守るために何かを切り捨てる声。


 友達が舌打ちして、俺の胸ぐらをつかんだ。

「お前、最低だな……!」


「最低? 今さら言うか」

 俺は冷たく笑った。

「最低になったのは、あの日からだろ」


 友達が俺を突き飛ばす。背中が壁にぶつかり、鈍い痛みが走る。

 でも俺は笑っていた。

 痛みなんてどうでもいい。

 明日、二人はクラスの前で地獄を見る。


 俺は立ち上がり、ほこりを払った。

「じゃあ、明日楽しみにしてる」


 そう言い残して、校舎裏を離れた。

 後ろからは、泣き声と小さな口論の声が聞こえてくる。


 夜空には花火が打ち上がっていた。

 文化祭の打ち上げの最後の花火。

 その光を見上げながら、俺はようやく笑った。

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