第22話 糸を断つ者

 光と闇の糸が広間全体を覆い、天地の境界さえ揺らぐ。

 黒紡会の首魁は仮面を砕き、正体を露わにした。

 顔は無数の縫い目で覆われ、誰のものとも言えない。無数の縫い手の記憶と声をひとつに束ねた存在――“総意”。


 「雑用の糸よ。お前が解こうと繋ごうと、我らは消えぬ。人が生きる限り、声は布となる!」


 「なら、声を布にせず、そのまま響かせろ!」

 俺は針を突き立てた。


 ◇


 仲間たちが一斉に動く。

 ユナの風が黒糸を裂き、レオンの剣が隙を作る。ガロの盾が前を守り、アリスの炎が道を照らす。ミレイの祈りが揺らぎを鎮め、シアラの式文が針を補強する。セレスの白糸が最後の力を振り絞り、黒紡会の流れを押し返す。


 「今だ、リオ!」


 針先から白い光が奔り、黒糸の網を解きほどいていく。

 束ねられた人々の記憶が一人一人、解かれ、個の声を取り戻していく。


 「俺は戦士だ――!」

 「私は母だ!」

 「俺はただの農夫だ!」


 声が広間を満たし、黒い縫い目が崩れていった。


 ◇


 首魁が咆哮した。

 「おのれ……無数の声を繋ぎとめられるはずがない!」


 「雑用をなめるな」

 俺は針を最後まで引き抜いた。「一つ一つ、片づけるだけだ!」


 ――解縫、そして結縫。


 黒紡会の糸は完全に解け、広間が白い光に包まれた。

 首魁の身体は縫い目ごと裂け、無数の声となって消え去った。


 ◇


 光が収まったとき、俺たちは聖域の大地に立っていた。

 黒い糸は消え、白い糸が風に揺れていた。

 仲間たちは傷だらけだったが、皆、生きている。


 「……終わった、のか」

 ユナが震える声で言う。


 「いや。終わりじゃない」

 俺は針を見つめる。白布は静かに光り、もう震えてはいなかった。

 「でも、段取りはついた。これからは、人が自分で声を紡いでいける」


最終話 糸の果て、日常へ


 王都に戻った俺たちを、人々は歓声で迎えた。

 繭から解かれた者たちが次々と立ち上がり、街は再び息を吹き返した。


 「リオ殿! いや、リオ様!」

 誰かが叫ぶ。その声に人々が続いた。


 俺は首を振る。「俺は雑用だ。ただの段取り屋だ」

 だがユナが笑って言った。

 「雑用が世界を救ったんだよ」


 ◇


 セレスは旅立つ決意をした。

 「私は残りの縫い手を探して解き放つ。罪を少しでも償うために」

 彼女の瞳には、もう恐怖ではなく決意が宿っていた。


 勇者隊は王都の再建に取り掛かる。

 レオンは剣を掲げ、兵を率い、ミレイの祈りが人々を癒す。アリスとガロもそれぞれの役目を果たしていた。


 ◇


 俺とユナは、しばらく辺境に戻ることにした。

 静かな生活の中で針を動かし、畑を耕し、時折訪れる人々の服を繕った。


 「ねえ、リオ」

 ユナが縫い物を手伝いながら言う。「次はどんな段取りをする?」

 「まずは畑の草むしり。それから――飯の支度」

 「やっぱり雑用だね」

 ふたりで笑った。


 ◇


 夜。

 星空の下で針を手にすると、遠い空気が震えた。

 黒紡会は消えた。だが、人の声はこれからも布になる。喜びも悲しみも。


 俺は針を握り直す。

 ――その声を、決して縛らぬように。いつでも解けるように。


 「段取りは終わらない」

 小さく呟き、星に針をかざした。


 雑用の糸は、今日も静かに光っていた。

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