第21話 核心の扉

 深部の扉は黒と白の糸で編まれていた。

 黒は濁った闇のように重く、白は淡く震えていた。互いがせめぎ合い、今にもほどけそうでありながら、決して開かない。


 「ここが……聖域の核心」

 セレスが囁いた。声はかすれている。「黒紡会が求める織り機は、この奥にある」


 俺は針を握り、扉に近づいた。近づくほどに糸の震えが心臓に響き、息が苦しくなる。

 「リオ、大丈夫?」

 ユナが肩に手を置く。

 「……ああ。だけど、この扉を解くには……」

 「君しかいない」

 シアラが記録を閉じて言った。


 ◇


 俺は針先を扉に突き当てた。

 ――瞬間、世界が裏返る。


 視界が白黒に分かれ、扉の中へ吸い込まれる。気がつけば、俺は糸だけでできた広間に立っていた。

 空も地もなく、ただ無数の糸が縦横に走り、そこに無数の「人影」が吊られている。


 「……ここは?」

 声に答えるように、広間の中央で糸が集まり、ひとつの影を形作った。


 「よく来たな、雑用の糸」


 現れたのは、黒衣をまとった男。

 顔は仮面に覆われ、だが瞳だけが異様に光っていた。


 「お前が……黒紡会の首魁」

 「名は不要。我らは“総意”。無数の縫い手の声を束ね、この世を織り直す者だ」


 ◇


 男の背後で、人影が震えた。

 吊られているのは王侯、勇者、民衆、子供、老人……ありとあらゆる人々。全てが糸で繋がれ、布のように折り重なっていた。


 「見ろ。これが人の歴史だ。無秩序に流れる記憶と声を、一枚の布に縫い上げれば、世界は完全になる」

 男の声は低く、だが奇妙に甘やかだった。


 「だが、そこにお前の糸はない。だから邪魔をする。違うか?」


 「違う」

 俺は針を構える。「俺の糸は――人を縛るためじゃない。解くためにある」


 ◇


 男が手を振ると、吊られていた人々の糸が一斉に動いた。

 兵士が剣を振り、学者が杖を掲げ、子供すら糸で操られ獣のように襲いかかる。


 「やめろ!」

 俺の声に応えるように、背後から仲間たちが駆け込んできた。

 ユナの風が舞い、レオンの剣が火花を散らし、ガロの盾が壁を作る。アリスの炎、ミレイの祈り、シアラの記録が次々と重なった。セレスの白糸が走り、黒い糸と衝突する。


 「リオ! 奴を止められるのはお前だ!」


 ◇


 俺は針を突き立て、吊られた人々の縫い目を解き始めた。

 一筋ごとに声が返る。「助けて」「戻りたい」「生きたい」

 だが解けば解くほど、男の瞳が強く光る。


 「無駄だ。お前の針は解くだけ。織り直すことはできない。永遠に破壊者のままだ」


 「違う。俺は――段取りを繋ぐ!」


 針が光を放ち、ほどいた糸同士を結び直す。

 吊られた人々が倒れるのではなく、大地に立ち戻るように足をつけていく。


 ◇


 「馬鹿な……!」

 男の仮面がひび割れた。「解くだけでなく、繋ぎ直す……そんな段取りが……!」


 だが俺はまだ終わっていなかった。

 針は震え続け、広間全体の糸を掴み始める。


 「黒紡会――お前たちの織り目ごと、解いてやる!」


 光と闇の糸が激しくぶつかり、広間が震えた。

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