第20話 深部への糸道

 俺たちは眠りについた元守護者を洞の入口へ運び、仮の寝床に横たえた。セレスが白い布で包み、祈りを添える。

 「彼女は時間をかければ戻れる。黒紡会に縫い込まれた痕は深いけれど、解縫の光がまだ残っている」

 「なら、ここで置いていこう」

 レオンが剣を腰に収める。「先へ進む俺たちまで足を止めるわけにはいかない」

 頷いた。――時間はもう残されていない。


 ◇


 洞の奥へ足を進めると、糸の色は次第に白から黒へと傾いていった。

 「流れが逆転してる」

 俺は針を弾き、震えを確かめる。「聖域の中心は、黒紡会の制御下にある」

 「じゃあ白糸の力は?」

 ユナが不安げに問う。

 「まだ残ってる。けど、奥へ行くほど押し潰されてる」

 俺の返事に、セレスは唇を噛んだ。


 ◇


 深部に近づくと、壁一面に巨大な織物が広がっていた。

 そこには歴代の王や戦士、聖女たちの姿が糸で織られている。だがみな黒に侵食され、顔は醜く歪んでいた。


 「……記憶そのものを縫い替えてる」

 シアラが震える声で言う。「歴史すら、布にして」


 「許せないな」

 レオンが剣を抜いた。だがその瞬間、織物が蠢き、壁から人影が抜け出した。


 ◇


 現れたのは、三体の守護者だった。

 一体は槍を構えた兵士、一体は杖を掲げた賢者、もう一体は王冠を戴いた王の姿。

 全て黒と白の糸で編まれており、かつては実在した人物であることが直感で分かる。


 「過去の偉人たちを、縫い直して兵にしたのか……!」

 ユナが目を見開く。


 ◇


 戦闘が始まった。

 槍兵の突きが地面を貫き、黒糸が突き上がる。ガロが盾で受け止め、アリスが炎で糸を焼く。

 賢者は杖を振り、黒い雷を落とす。ミレイの祈りの光が防ぎ、シアラが式文で結界を張る。

 王は剣を掲げ、空間そのものを裂く。レオンが正面から受け止め、俺が針で裂け目を縫い塞ぐ。


 「リオ、解ける?」

 ユナが叫ぶ。

 「やってみる!」


 ◇


 俺は槍兵の縫い目に針を突き立てた。

 《解縫》――一本ずつ、糸を解いていく。抵抗は激しかったが、声が返ってきた。

 「……私は……王の盾だった……!」

 黒い糸がほどけ、兵士の姿が消える。残されたのは、安らかな影だけ。


 「一体目……!」


 続いて賢者に針を向ける。雷が襲いかかるが、ユナの風が逸らす。俺は糸を掴み、強引にほどいた。

 「知を……民に……返してくれ……」

 賢者の影も消え、白い光が残った。


 「二体……!」


 最後の王が剣を振り下ろす。レオンが必死に受け止める。

 「リオ! 早く!」

 俺は針を突き立て、叫んだ。

 「お前の王冠は、人を縛るものじゃない!」


 縫い目が裂け、王の姿が崩れる。

 「民を……頼む……」

 その声を残して、王も光に変わった。


 ◇


 洞の奥で、白い糸が一瞬だけ優勢になった。

 「道が開いた……!」

 セレスの声に全員が顔を上げる。


 深部の扉が現れた。黒と白の糸で編まれ、震えながらも確かに入口を形作っている。

 「この先が……聖域の核心」

 俺は針を握り直した。

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