第12話 織り機の心臓

 門を越えた先の空間は、常識を拒むように歪んでいた。

 床も天井もなく、ただ無数の糸が縦横に走り、無数の繭が吊られている。繭の中には人々の影。口を開けて叫んでいるのに、声は聞こえない。ただ糸に吸われている。


 「これが……王都の人たち」

 ユナの目が見開かれる。

 「まだ息がある。完全に織り込まれる前に、解縫で――」

 シアラの言葉を遮るように、奥から重い声が響いた。


 「雑用の糸。やはりここまで来たか」


 仮面の幹部が現れた。

 白銀の外套は糸で編まれ、仮面の奥には光の瞳。両手には縫い針のような長剣を握り、背後の糸と直結している。


 「お前の針こそ、この織り機の最後の欠片。差し出せば王都は完全に織り上がる。拒めば――」

 幹部が長剣を振ると、繭が一斉に揺れた。中の人々の影が痙攣し、呻き声が空気に滲む。


 「やめろ!」

 ユナが風で糸を切ろうとするが、切られた部分はすぐに再生した。


 ◇


 「俺の針は渡さない。渡したら、もう誰も戻れない」

 俺は針を構えた。背中に、勇者隊と仲間の気配を感じる。


 「ならば力ずくで奪うまで」

 幹部が一歩踏み出すと、空間そのものが震えた。


 ◇


 戦いは織り機全体を舞台に始まった。

 幹部の長剣は糸を媒介にして伸縮し、どこからでも襲いかかる。俺は針で受け流し、ユナの風で軌道を逸らす。

 ガロが盾で前を守り、レオンが斬り込み、アリスの魔法が閃光を放つ。ミレイは後方で祈りを続け、吊るされた繭に光を送る。


 「リオ! 糸を操れるのはお前しかいない!」

 シアラの声に頷き、俺は繭の縫い目を見極めた。

 《解縫》――一筋解くだけで、中の人が息を吹き返す。だがその分、幹部の力も削がれる。


 俺は針を突き立て、糸を引いた。

 「……帰れ!」

 繭が破れ、中から老いた商人が転げ出る。息は弱いが生きている。


 「一人目……!」

 ユナが笑みを浮かべる。だが幹部は怒声を上げ、長剣を振るった。


 「雑用がぁ!」


 剣が俺を狙う。咄嗟にしらたまが飛び出し、光の尾を残して防いだ。衝撃で壁の糸が弾け、空間全体が揺れる。


 ◇


 「リオ、次!」

 レオンが叫ぶ。ガロが剣を受け止め、その隙に俺は二つ目の繭を解いた。

 若い女が息を吹き返し、地面に倒れ込む。


 「二人目!」

 アリスの火球が幹部を牽制し、ユナの風が舞台を広げる。


 「おのれ……! ならば、まとめて織り込んでやる!」

 幹部が両手を広げた瞬間、繭が一斉に震え、黒い糸が俺たちに襲いかかる。


 ◇


 「ここだ……!」

 俺は針を地面に突き立て、《返縫》と《解縫》を同時に展開した。

 王都の暮らしの重さが逆流し、黒い糸を押し返す。その中でさらに三つ、繭をほどく。


 「五人……!」

 シアラが記録を走らせる。「生きている!」


 幹部が仮面を震わせた。「雑用……貴様ぁ!」


 だがもう俺の手は止まらなかった。針が次々と繭を解き、人々の声が空へ帰っていく。


 ◇


 「俺は――雑用じゃない!」

 叫びと共に最後の糸を引く。

 塔の内部が白く輝き、織り込まれていた人々が次々と落ちていく。ユナが風で受け止め、勇者隊が抱え、シアラが祈りを結ぶ。


 幹部の長剣が砕け、仮面に亀裂が走った。

 「まだ……終わらぬ……織り機は……完成する……!」


 幹部の身体は黒い糸に呑まれ、奥の心臓部へ消えていった。


 ◇


 残されたのは無数の人々と、まだ震える塔の心臓。

 「終わってない……これからが本当の戦いだ」

 俺は針を握り直し、奥を睨んだ。


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