第11話 塔の門を縫う

 王都の奥にそびえる黒い塔は、近づくほどに異様さを増していった。

 石ではない。布でもない。金属でもない。まるで“縫い目”だけを積み上げたような、不定形の質感。表面は常に震えていて、夜風が触れると低い唸りを返す。


 「ここが……」

 ユナが杖を強く握る。「人を織り込むための織り機そのもの」


 「中に入らなきゃならない」

 俺は針を抜き、門の前に張られた無数の糸を確かめた。触れるだけで指先が痺れる。これが王都中から吸い上げられた“暮らし”の断片だ。泣き声や笑い声、祭りの足音。全部が塔の布に編み込まれている。


 「無理矢理切れば、王都全体が崩れる」

 シアラが顔をしかめる。

 「だから、縫い目をほどく」

 俺は深呼吸して針を構えた。


 ◇


 《解縫》――祠で示された術。

 やり方は、縫われたものを“返す”のではなく、“ほどく”。ただしほどき方を間違えば、編まれた人々の記憶や命は裂けて消える。


 「本当にやるのか?」

 レオンが問う。

 「やらなきゃ、誰も戻らない」

 俺の答えに、勇者隊は黙って頷いた。


 針を門に差し込み、糸を一本ずつほどいていく。

 最初は呻き声。次は歌声。最後に、幼子の笑い。

 ほどかれた声は空へ散り、塔の震えが少しだけ弱まった。


 「……まだ続けろ」

 ユナが肩を貸してくれる。俺は汗を流しながら、さらに糸を解き続けた。


 ◇


 突然、塔の中から轟音が響いた。

 「気づかれた!」

 アリスが叫んだ瞬間、門の裂け目から黒い影が滲み出た。


 ――使徒機。

 今まで見たものよりも大きく、鎧武者のような姿。胸の徽は八弁の花ではなく、十二弁に増えている。


 「強化型……!」

 シアラが絶望の声を上げる。


 俺は針を構え、解きかけの糸を一気に繋ぎ直した。《暫定封縫》。

 「ユナ、風で抑えろ! 勇者隊は正面だ!」


 ◇


 戦いは苛烈だった。

 使徒機の剣が振り下ろされるたび、石畳が抉れ、塔の壁が鳴動する。

 ガロが盾で受け、レオンが斬り込み、ミレイが光で回復する。アリスの魔法が火花を散らす。


 「リオ、早く!」

 ユナの叫びに頷き、俺は解縫を再開した。

 針で縫い目をなぞるたび、声が返る。老婆の祈り、農夫の歌、兵士の誓い。

 「みんな……まだ生きてる!」


 だがその分、使徒機も凶暴さを増していく。塔の力を引き出しながら襲いかかる。


 「――ここで終わらせる!」

 俺は針を最後の縫い目に突き立て、糸を一気に引いた。


 ◇


 轟音と共に門の布が裂け、白い光があふれ出した。

 使徒機が悲鳴のような音を上げ、糸がほどけて崩れ落ちる。


 「入れる!」

 シアラが叫ぶ。


 俺たちは門の裂け目を駆け抜けた。

 そこは、果てしなく広い織り機の内部。空中に無数の糸が張り巡らされ、人々の姿が繭のように吊るされていた。


 「これが……黒紡会の織り機……!」

 ユナの声が震える。


 塔の奥、糸の中心に仮面の幹部が立っていた。

 「やはり来たな、雑用。お前こそ、最後の“糸”だ」


 ◇


 針を握る手に力がこもる。

 ここでほどけなければ、すべてが終わる。


 「雑用係じゃない。――段取りで、世界を縫い直す!」


 塔の奥へ進む俺の前で、無数の糸が震えた。


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