第8話 灰の村に残る糸
峠を越えた先に広がる焼け跡は、言葉を失わせる光景だった。
炭と化した柱が風にきしみ、地面はまだ赤黒く燻っている。畑の跡は灰の海で、井戸は黒い石を詰め込まれ、口を閉ざしていた。
「遅かった……」
シアラが膝をつき、灰を掴んだ。その掌からさらさらと崩れ落ちる粒は、ただの灰ではない。糸のように細く絡み、触れた指に絡みついて離れない。
「《収穫》の後……“人”が燃やされて糸にされた」
ユナが顔をしかめ、短杖を握り締める。「ひどい……」
俺は針を取り出し、灰に糸を走らせた。すると、見えない残響が広がる。悲鳴、祈り、途切れた言葉。村全体の暮らしが、最後の瞬間で布を裂かれたように消えた痕跡。
「黒紡会は、ここを“織り機”の材料にしたんだ」
声に力が入る。胸の奥で怒りが糸を震わせる。
◇
勇者隊の面々も沈黙していた。
「魔王よりも……人間の方が恐ろしいことをするのか」
レオンが吐き捨てるように言った。剣の柄を握る手は、血が滲むほど強く。
「昨日の俺たちなら“信じない”って言い張っただろう。でも今は……」
ミレイが唇を噛む。「祈りを捧げるべき場所すら、灰にされている」
アリスは黙ったまま、黒焦げの本を拾い上げた。焼け残った数枚のページに、奇妙な紋様が残っている。
「見ろ、これ」
紙の縁に縫い込まれた符が、まだかすかに熱を持っていた。
「《転写式》だ。焼かれた命を向こうへ移すための……」
俺は針を差し込み、符の残滓を引き抜いた。指先に黒い痺れが走り、しらたまが鋭く吠える。
「まだ繋がってる。塔の“織り機”に直結だ」
◇
灰の村を抜けた先に、小さな祠が残っていた。屋根は半壊していたが、中の石像だけは崩れていない。
「神獣の祠……?」
ユナが囁く。石像は狐にも犬にも似て、首元には輪を刻んだ模様。しらたまが尻尾を振り、像の足元に丸く座った。
「ここにも……結ばれた“縫い”があったんだな」
針を当てると、微かな光が広がり、石像の輪が淡く輝いた。すると、祠の奥から小さな木箱が現れる。
「何だこれ……」
箱を開けると、中には古びた羊皮紙。そこには一行だけ文字が刻まれていた。
《返縫のさらに先、“解縫(ほどきぬい)”を行え》
シアラが震える声で読む。「解縫……縫われたものを解き放つ術」
「つまり、《織り機》に縫われた人を、解き放てる?」
ユナの瞳に希望の光が灯る。
だが同時に、胸に重さが落ちた。もし失敗すれば、縫われた命は完全に裂ける。戻る場所もなく。
「どちらにせよ……俺たちがやるしかない」
針を握る手が震える。だが逃げる気はなかった。
◇
村を後にする前、勇者隊と進む道を決めた。
「俺たちは王都へ」
「なら、共に」
レオンが迷わず言った。昨日までの彼なら、俺を“無能”と切り捨てただろう。でも今は違う。仲間として認められた――そう思いたかった。
焼け跡に残った灰が風に舞い、遠くの空へ消えていく。俺たちはその灰を背に、塔を目指して歩き出した。
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