第2話 村に根を張る

 翌朝、鶏の鳴き声と共に目が覚めた。毛布は藁の匂いがして、背中に柔らかい感触が残っている。勇者隊の天幕の冷たい床に比べれば、ここは天国だった。

 戸を開けると、白い霧が村を包んでいた。炊事場の煙が空へと吸い込まれていく。小さな村なのに、生きる音がどこか賑やかに感じられる。


 「おはよう、リオ」

 声をかけてきたのはユナだった。朝露に濡れた髪を後ろで束ね、腰の短杖を軽く叩いている。

 「今日から本格的に働いてもらうよ。鍛冶も畑も、教えることは山ほどある」

 「了解しました」

 自然に返事が出る。こんなに素直に頷けるのは、ここで初めてだった。


 ◇


 午前中は畑に出た。畝には小麦と豆。根は浅く、雑草が絡まっている。俺は膝をつき、糸を一本、土に差し込んだ。糸は根の伸び方を描き、肥料の薄い箇所を教えてくれる。

 「ここを掘って、堆肥を足すといい」

 村の若者が驚きの声を上げた。「見ただけで分かるのか?」

 「糸に訊いただけさ」

 俺は笑い、鍬を振る。土の匂いが新鮮で、汗が爽やかだった。


 昼には鍛冶場へ移り、火を熾した。ユナの指導で若者たちが鉄を打ち、俺は《補助》で温度を均す。鋼が赤く輝き、槌の音が村に響く。

 「これなら刃こぼれしない」

 完成した鍬を見て、村人たちは歓声を上げた。俺の胸にも、不思議な誇らしさが湧いた。


 ◇


 だが、穏やかな時間は長く続かなかった。

 夕方、村の門に見知らぬ影が現れた。灰色の外套をまとった三人組。目深に被ったフードの下から、冷たい視線が覗いている。

 「商人か?」村長が出てきて問う。

 「……いや」

 声は低く、妙に湿っていた。「俺たちは《狩人》。獲物を追ってきた。昨夜、こちらに逃げ込んだはずだ」

 村人たちの表情が凍る。彼らの視線は、まっすぐ俺に向けられていた。


 ユナが前に立ち、短杖を握り締める。「この村は狩り場じゃない。獲物って……誰のことだ?」

 三人の狩人はにやりと笑った。「糸を操る雑用だ」

 俺の背筋に冷たいものが走る。昨日の救助を、誰かが見ていたのか。

 「まさか……」

 俺は唇を噛んだ。《補助》の秘密は、まだ隠しておきたかったのに。


 狩人たちは一歩踏み出す。空気が重くなり、村の子供たちが泣き出す。

 俺は針を握った。背後には村人たち、前には謎の追手。

 ――ここで逃げれば、もう二度と居場所はない。

 胸の奥で決意が固まる。糸を空に走らせ、見えない網を編み始めた。


 「……この村は、俺が守る」

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