異世界に召喚された男は、王になって引退後の余生は、モフモフの仲間たちと旅をして生きていく

イコ

プロローグ

 どこにでもいて、何者でもない存在だった。


「お前って夢とかないの?」


 幼馴染の言葉に、俺は何をしたいのか考えても、すぐしたいことが浮かんでこなかった。


 こいつが女の子だったなら、恋愛とかにも発展したのかも知れないが、男同士でバカな話をするだけだ。


 ただ、毎日を生きて、何かを成し遂げたいと思う気持ちはある。だけど、平凡で能力もない俺に何ができる……。



 何よりも、俺には両親がいなかった。


 大学に入学する頃に、二人が事故で亡くなった。


 バイトと生活に明け暮れる日々で、幼馴染だけが唯一社会との繋がりだった。



 その日、窓の外の空は洗い立てのシャツみたいに白かった。


 講義中に寝てしまって、目を覚ますと幼馴染が前の席に座っていた。


 来年には就職しなければいけないけど、四年になって仕事先も決まっていない。


 両親が居れば、多少は仕事をしないで、就職活動に時間をかけることができたかもしれない。だけど、両親側が起こした事故だったために、保険金は賠償金に当てられて、ほとんど出なかった。


 借金にならなかったことは嬉しいが、代わりに一人で生きるのに絶対的に苦労は必要になる。



「なあ、もし異世界に行けるって言われたらどうする?」



 幼馴染のヨウは、オタクなところがあって、ラノベで読んだ異世界召喚を夢見ていた。今の生活から抜け出せるなら、俺だって異世界に行きたい。



「期末終わってからにしてくれ。俺、内申がかかってるから。まぁ、卒業できても就職先も決まってないけどな」

「アンゴのそういうとこ真面目だよな。僕は絶対異世界に行くけど、アンゴも……行くよな?」

「行かないよ。異世界に行って楽な生活ができるなら大歓迎だけどな」

「よし!」



 ヨウが、何やら納得した直後だった。視界が白い音で満たされ、教室が遠のいた。


 耳鳴りと、心臓が落ちる感じを受けて、次に目を開けたら、石造りの広間。ステンドグラスに紺青の光が流れ、祭壇の前には長衣の女性が立っていた。



「女神様?」



 そんな言葉が自然に出てしまうぐらいに、俺もヨウに毒されるぐらいには、アニメやラノベは見ていた。だけど、比喩じゃなくて本物のやつが俺たちの目の前にいた。



「はい。女神エーコです」

「嘘だろ?!」

「はは、言っただろ。異世界に行けるって。女神様、願いを聞いてくれてありがとうございます」

「いえ、勇者ヨウの要望に答えただけです」

「勇者ヨウ? 要望?」

「ああ、異世界に行くのに何か持って行きたい物はあるかって聞かれたから、アンゴのことを連れて行きたいって伝えた」

「はっ? いや、お前、勝手がすぎるだろ?!」



 俺はヨウに振り回されてばかりの人生だった。まさか、異世界にまで連れて行かれるとは思わなかった。



「ずっと考えてたんだ。どうすればアンゴを自由にして、もっと遊んでいられるかなって」

「どういうことだよ!」

「最近の、アンゴって、いつも忙しいだろ? 大学に行くために新聞配達をして、週末は工事現場の警備もやってクタクタだろ。それなのに就職活動もして、大変そうだった。もちろん、おばさんやおじさんが死んだことも含めてな」



 こいつは全部を知っている。だから、俺の家に食事を持ってきてくれたこともある。家が近所で、多分俺はもうすぐあの家も出ることになる。


 就職が決まれば、職場の近くに引っ越すつもりだったから。



「なぁ、アンゴ。僕と一緒に異世界で旅をしようぜ。女神様が僕たちにお似合いのチートスキルをくれるっていうしさ。人生イージーモードで遊ぼうぜ!」

「いや、召喚って絶対リスクとかあるだろ?! 何かしらの願いをあって、それを叶える必要があるんじゃないのか?」

「正解! さすがはアンゴだな。女神様がいうには、向こうの世界のバランスが崩れそうなんだって、剣と魔法のファンタジー? 魔族が溢れて人が危機に瀕している。僕は勇者になって、魔王を倒すんだ。男の夢だろ?」


 

 ヨウは昔からそうだ。


 夢見がちでどこか人とは違う側面を持っていた。それは天才肌というか、何をやっても要領が良くて、就職先もすぐに決めて、自分のやりたいことをして生きていた。



 俺はそこまでヨウほど突き抜けられない。凡人なんだ。



「魔王を倒したら、元の世界に帰れるっていうしさ」

「ハァー女神様の前にまで来て断れねぇだろ。今更帰してくれって行ってもさ」

「はは、そうだな。さすがはアンゴだ。なら、一緒に行ってくれるよな?」

「仕方ねぇねぇから付き合ってやるよ」

「ありがとう、アンゴ。やっぱりお前は最高の友達だよ」


 

 俺はヨウに引きずられて異世界に召喚されていた。



 女神の祝詞はやたら格調高かった。


 あいつは勇者。


 そして俺は、聖霊と契約して戦う、聖霊戦士と告げられた。


 うん、肩書だけならかっこいい。問題は中身だ。



「ステータス画面とかは?」

「ありません」

「チュートリアルは?」

「ありません」

「スマホの電波は?」

「ありません」



 女神はにっこり微笑んで、いきなり現実を突きつけてきた。けれど、隣の勇者さま、幼馴染ヨウは、子どもの時から変わらない顔で笑う。



「面白いじゃん。冒険だぜ」

「はいはい。命大事に行くぞ」

「いやいや、ガンガン行こうぜ」



 俺たちを召喚したのは、グランフェルトという異世界の王国だった。


 魔族の脅威から救ってほしいと言われて、俺たち二人は王国の支援を受けた。


 背中を押すのは、いつもヨウだった。


 訓練の日々は、筋肉痛と謎儀式のオンパレードだ。


 焚き火の煙に咽びながら、聖霊たちの名を呼ぶ。


 最初に応じてくれたのは、小さな犬の精霊だった。


 耳の立った白銀の毛並み、琥珀の瞳。



『呼んだ? アルジ〜』



「おっ! マジかこいつが俺の最初の精霊なのか?」

「やったな。可愛いモフモフ犬だぞ」

「精霊だろ?」

「犬だな」



『アルジ〜』



 俺は召喚した犬にガルドと名前をつけた。


 訓練を終えた俺たちは旅に出た。



 魔王を殺すための旅。



 旅は、楽しいことばかりじゃなくて、過酷だった。


 

 異世界の街並みを馬車に乗って旅するのは楽しい。だけど、魔物に盗賊に、荒れ果てた戦場。多くの見たくないものをたくさん見た。



 そんな中でもヨウは笑っていた。



 焦げた畑を耕し直し、泣く子に風でシャボン玉を作ってやり、夜には魔物と戦う。


 あいつは前に出て、俺は背中を守った。ガルドも戦いの旅に成長していく。


 村を救えば塩漬け肉、町を救えばビールと歌。道端で買った串焼きは、人生でベスト・オブ・肉汁にランクインした。



 次第に旅に仲間が増えていった。



 グランフェルト王国の軍を指揮する王女殿下。

 賢者を名乗るふさんくさい男。

 生意気な魔女っ子。

 ヨウと戦うことを好むタンクの盾士。

 


 それぞれに理由があって、魔王を倒すために協力してくれた。

 

 王女様は、護衛を下がらせて一人で戦場に出るほどに勇ましくて、ヨウと俺を見比べ、俺の肩の埃を指で払って、こう言った。



「あなた、剣よりも……目が働くのね」

「え、あ、はい。目は二つあります」

「面白い返し。嫌いじゃないわ」



 うっかり素で返したら、なぜか笑ってもらえた。


 それからだ。王女殿下は度々、俺に用事を振る。


 王女様ってのは、勇者であるヨウとくっつくのが相場だと思っていた。


 それなのに、何かと雑用を俺に押し付けてくる。



「聖霊戦士アンゴ。あなた、雨の日に前髪が跳ねるのを抑えられる?」

「精霊に頼めばできるな」

「できるのね? ならお願い」

「ハァ?」


 

 本当にこの王女様は何を考えているのかわからない。


 戦は続いた。俺たちは魔王と呼ばれる存在の居城に乗り込み、長い夜を越えた。


 血の臭い、剣の軋み、聖霊たちの歌声。



 ヨウが剣を突き立て、空が裂けた瞬間、俺は確かに世界の空気が軽くなるのを感じた。



 そして、終わりは本当に突然やってきた。



 女神が現れて言ったのだ。



「勇者よ、よくぞ世界にバランスを取り戻してくださいました。元の世界へ還る刻です」



 焚き火の前、あいつはいつも通り笑っていた。



「アンゴ、それじゃ僕は帰るね。この世界は楽しいけど、僕はもういいかな」

「……そっか」

「アンゴはどうするの?」

「どうするって?」

「もしかして気づいてないの?」

「へっ?」



 ヨウに気付いてないと言われて、仲間たちを振り返れば、王女様が俺に抱きついた。



「アンゴ、行かないで! 私と結婚してください」

「なっ!」

「ふふ、アンゴ、気付いてなかったの? 王女様は最初から君が好きでついてきたんだよ」



 全然気づかなかった。



「僕は十分に満足いく旅が出来た。それにアンゴが幸せになる道も出来たからね。満足だよ」



 どこまでもヨウは凄い奴だ。ヨウがいなければ魔王を倒すことなんてできなかった。それに俺が王女様に好かれるなんて思いもしなかった。



「最後だ、アンゴ。僕と本気で戦おう」

「なんでだよ!」

「君はこれから王様として堅苦しい生活を送るんだろ? 僕も元の世界に帰ったら力を失うからね。思いっきりぶつかるのはこれが最後だ」



 勝敗は覚えていない。ただ、全力で親友と剣を交えた。


 あいつが光の中に消えたとき、胸の奥で小さく音がした。寂しさと誇りが同時に鳴る音。俺は、その音を一生忘れないだろう。



 それからは目まぐるしい日々を送った。



 王女様と結婚した。



 そして、元の世界の名前を捨てることにした。



 俺は王様になって、新たな名を授かった。

 


 アルヴァン・レオニス・グランフェルト。


 

 その音が喉を通るたび、胸の奥の何かが定位置に収まっていく。



 日本にいた俺は、どこにもいないわけじゃない。


 目を閉じれば、白い空も、幼馴染の笑顔も、ちゃんとある。



 でも、目を開けた先には、彼女がいて、民がいて、風が頬を撫でる。俺はここで生きると決めた。やり直しでも、逃避でもない。選んだのだ。



 式のあと、彼女が小声で囁く。



「アルヴァン、その名、似合っているわ」

「そうか?」

「ええ。とても。……ところで、王となる人は、一人称が変わるのよ? これから、俺ではダメよ。余って言いなさい」

「急に、余とか言い出したら笑いそうだ」

「少しだけ。でも、きっと似合う日が来る」



 彼女は先回りして、未来に微笑むのが得意だ。


 俺はその未来に追いつくために、剣を下げ、書類に向かい、時には聖霊に火加減を頼み、時には前髪の跳ねを風で直した。


 王として、夫として、ちょっとした生活の魔法使いとして。



 こうして俺の異世界人生は始まった。


 勇者は故郷へ帰り、俺はここで故郷を作った。


 やがて、いくつもの季節と別れを越え、あの白い空の記憶すら穏やかになったころ俺は、静かに思うようになる。


 余の人生は、あまりにも生き急ぎ過ぎた。



 そう口にしてもいいくらいには、十分に生きた、と。

 そして、笑って続きを選べるくらいには、まだ心が軽い、と。



「なぁ、女王様。いや、アリスティア。俺は君を愛したよ。だけど、君はあまりにも早く旅立ってしまった。子供たちが大人になって、俺の役目を終えた。だから、王様の座を引退しようと思う」



 彼女は十年前、病でこの世を去ってしまった。


 幼馴染も、妻も失った俺は、それでも子供達のために王であり続けた。


 もう、休んでもいいよな。

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