第13話 ハーレムエンドはあり得ない

 俺はファルネーゼを部屋において、学園へと向かう。

 やはり魔術師の襲撃もあったことだし、結界を張っておいた。

 俺の部屋の半径百メートルに魔術が干渉すれば、俺の魔術回路が反応する。


 魔術回路とは、魔術師が体内に持つ擬似神経のことだ。

 根源から生み出される生命力を魔力に変換するための道。

 生まれながらに持ち得る数が決まっており、魔術師の家系は魔術回路が一本でも多い後継ぎを誕生させようとする。

 ちなみに、一度開いてしまえば,あとは術者の意思でオンオフができる仕様だ。

 スイッチの仕方は術者のイメージそれぞれで、人によって銃の撃鉄のイメージや心臓をナイフで刺すイメージだとか。

 ――転生してから、この魔術学園で学んだことだ。

 

 ファルネーゼのような公爵家――王族たるアルトリア王家と血縁が近い者ほど、魔術回路の本数が多い。

 ファルネーゼの魔術回路は四十本だ。

 対して、俺のような準男爵家の者は、アルトリア王家との血縁が遠いから、魔術回路の本数が少ない。

 俺の魔術回路は十本だ。

 だからファルネーゼは俺よりも魔術師として優秀で、強い。

 昨日は精神的に追い詰められていたから、襲ってきた魔術師に反撃できなかった。

 しかし襲撃に予め備えておけば、並みの魔術師に負けることはないだろう。


「よし。教室に着いた」


 無事に教室へ到着。

 今のところ、魔術が干渉した痕跡はどこにもない。

 俺のクラスを見渡しても、特に違和感はない。

 いつもの教室だ。

 

 (じゃあ、隣のクラスに行くか……)


 この魔術学園にはクラスが二つある。

 ひとつは。俺のいるクラスで下級貴族クラス。

 子爵家、男爵家、準男爵家がいる。

 もうひとつは、隣にある上級貴族クラス。

 伯爵家、侯爵家、公爵家がいる。

 で、上級貴族クラスが優遇されていて、上級貴族クラスの学園生は、下級貴族クラスの学園生とは絡まない。

 だが、絡んではいけないという決まりがあるわけじゃない。

 だから俺が行っても大丈夫だ。

 まあ白い目で見られるかもしれないが……


「おい。ハルト。どこ行くんだよ? 授業前に」


 教室を出ようとした俺に話しかけてきたのは、ノルン・エスタジア。

 爵位は俺よりひとつ上の男爵だ。

 まあこの世界における、俺の友達だ。

 一学年の時に知り合って仲良くなった。

 

「ちょっと上級貴族をクラスを見に行こうと思って」

「マジかよ?! 下級貴族の俺たちが行ったら怒られるぞ」

「まあ、そうなんだが……」


 (どうしようかな……?)


 事情を説明しようにも、だいぶ複雑な話になるし、何よりノルンを巻き込むことになる。

 ここは誤魔化しておくか。

 嘘も方便というやつだ。


「実は上級貴族クラスに気になる子がいるんだ」

「へえ? マジか。なんていう子?」

「アリシアって子なんだ」

「ああ……あの平民なのに上級貴族クラスにいる子だよね」


 ノルンが怪訝そうな顔をする。

 ツキヒカの主人公――アリシアは平民で魔術学園へ入学したという設定だ。

 圧倒的な魔力を見せつけて、特例措置で上級貴族クラスへ行ってしまう。

 上級貴族クラスでアリシアは攻略対象たちと出会う……というシナリオ展開。

 そんなアリシアは、攻略対象以外の学園生から嫌われている。

 貴族だらけの魔術学園で、たった一人の平民のアリシア。

 貴族たちは平民を徹底的に見下している。

 そんなハードな差別がある世界で生きているのだから、ノルンが訝しむのは当然だ。


「平民なのにトップの成績だろ? どんな子なのか興味があってさ」

「俺はお前がアリシアさんに一目惚れしたのかと」

「いや、そっち方面の興味じゃない」

「なんだ。つまんねえな……まあ、行くなら目立たないようにな」

「おう」


 俺は渡り廊下を通って、上級貴族クラスへ向かう。

 魔術学園の校舎は二つに分かれていて、下級貴族の校舎と上級貴族の校舎に分かれている。

 下級貴族の校舎は古くてボロボロだが、上級貴族の校舎は新しくて綺麗だ。

 上級貴族のほうが将来、強力な魔術師になるから学園としても優遇したいのだろう。

 

 (初めて入るな……おお。すげえな!)


 廊下にはふかふかの絨毯が敷いてあるし、調度品も高そうなものばかりだ。

 下級貴族の校舎と雲泥の差だ。

 まるで別世界じゃん……

 

 俺は二学年の上級貴族クラスへ行く。

 ドアを少しだけ開けて、中の様子を見る。

 

 (お。あれがアリシアか)


 教室の真ん中にいる、少女。

 桃色のショートカットに、サファイアブルーの瞳。

 そして左手にある、魔術刻印。

 魔術が使える貴族にしか現れない刻印で、平民にもかかわらずアリシアに発現した。

 あの子がツキヒカの主人公、アリシアだ――


 (あれが攻略対象たちか……)


 アリシアを囲う、三人のイケメンたちがいる。

 あの三人が攻略対象だ。


 一人目が、第一王子のクロード殿下。

 金髪で赤い目の、王子様キャラ。

 性格は傲岸不遜なドSで、目下の者たちを「雑種」と言って見下している。

 平民だけでなく、貴族も始まりの一族たるアルトリア王家から派生したから、クロードにとって貴族も「雑種」にすぎない。

 そしてクロードは、雑種たちを支配することを「我が愉悦」だと言う。

 だが、その傲慢な態度は王たるために身に着けた

 王は民を導くために常に強者でいなければならない。

 そんな国王としての強い責任感が、クロードに「氷血の王子」の異名を与えた。

 ……で、そんなクロードは、主人公アリシアの天真爛漫な心に触れて、徐々に心の氷を溶かしていく、まあそんな設定だ。

 

 二人目が、死んだ目をした茶髪の聖職者――リュシリュール・マギ。

 リュシリュールは、神聖教会に所属している聖職者。

 この世界では聖職者は貴族と同等の扱いを受けている。

 神学校を主席で卒業した天才で、見識と人脈を広げるために魔術学園に来た。

 ……いわゆる「影のあるイケメン」みたいなキャラで、常に他人にクールな態度を取る。

 神への信仰の道に生きているが、魔術師に家族を殺された暗い過去があり、実は魔術師を激しく憎んでいる。

 そんな過去があって、神聖教会の裏組織「第七異端審問会」に所属し、堕落した魔術師を討伐する「執行者」となった。

 だから戦闘能力は攻略対象の中で一番高い。

 普通の貴族とは違う立場だから、平民で魔術学園に入学してきたアリシアに興味を持つ。

 二年生編で王都を異端者たちが攻めてくるイベントがあって、そこでアリシアがリュシリュールを助ける――それで攻略ルートに入ることになる。


 三人目が、騎士団長候補の熱血漢、ムサシ・ショウドウ。

 爵位は伯爵。

 卓越した剣の腕で将来の騎士団長に内定している。

 元々先祖が東の国からきた移民らしい。

 だから黒髪黒目で日本人の容姿に近い。

 アルトリア王国では少数派の移民だが、「飛龍御剣流」という血族限界を持つ一族で、数々の武功を立て貴族になった家柄。

 騎士道精神を体現したキャラで、誰にでも優しく、弱者を放っておけない性格だ。

 まあ正統派の女性に優しいイケメン、みたいなキャラ。

 王都でいじめられていたエルフの少年をアリシアが助けたのを見て、アリシアを好きになった……そんな感じの設定だったと思う。


 で、三人の攻略対象たちが、アリシアを囲んでいる。

 アリシアは三人と、かなり仲が良さそうだ。

 ――


「あ、ハルト! 何してるの?」


 上級貴族クラスを覗いてた俺に、誰かが声をかけてきた。

 

「なんだ。リリーエか……」


 金髪縦ロールの、高飛車な態度の少女。

 俺の幼馴染の、リリーエ・アイツベルンだ。

 爵位は伯爵家。

 アイツベルン家とは領地が隣同士だったから、子どもの頃はよく遊んだ。

 いや、、と言っていい……

 貴族の子どもは貴族の子どもとしか遊べない。

 アッシュフォード家もアイツベルン家も、辺境に領地がある。

 近くに貴族の子どもがいないから、準男爵家と伯爵家で差があるに、無理やり遊び相手にさせられたのだ。

 子どもの頃から、ことあるごとに準男爵家の俺を見下してきたヤツで、関わるのが面倒くさくて魔術学園に入学してからは避けていた。


「なんだって、何よ? わたしが準男爵家のあんたに声をかけてやったのよ? 有難く思いなさいよ!」

「ありがとうごぜえますな。伯爵家のご令嬢様。わたくしめは今、忙しいですから」

「完全に不審者よ。あんた。何してるのよ?」

「リリーエには関係ないよ。じゃあな」

「……あ! もしかして、アリシアさんのを聞いたのかしら?」

「噂?」

「はは! あんた、何も知らないのね! やっぱり魔術学園でもボッチなのかしら? 哀れねえ。わたしが友達ごしゅじんさまになってあげてもいいわよ」

「……そういうのいいから。さっさと噂とやらについて教えてくれ」

「あんた本当に生意気ね……まあいいわ。哀れなボッチくんに教えて差し上げてよ。アリシアさんは、三人の薔薇様と、を結んだの」

 

 三人の薔薇様――攻略対象たちの異名だ。

 薔薇のように美しいイケメンたちだが、それぞれトゲがあるという意味だ。

 そこはわかるのだが、複数婚約とは――?

 少なくとも本編プレイ中には聞いたことがない。


「なんだよそれ。複数婚約って……?」

「あら。知らないの? 薔薇様たちが誓約したの。。国王陛下も許可しているわ」

「おいおい。それって、ってことか?」

「はあ? はーれむえんど??」

「いや、何でもない……」


 ツキヒカにはハーレムエンドはない。

 婚約できる攻略対象は、一人だけのはずだ。

 複数婚約なんてシステムはなかった。

 おかしい。

 絶対におかしい。


「……ねえ。ハルト。あんたは魔術学園に入学してから、一度もわたしに挨拶してないじゃない? どうして? まさかこのわたしを、避けていたのかしら?」

「うん。いったい何が起きてるんだ……?」


 と、俺が考えを巡らせていると、


「ちょっと! わたしの話、聞きてるの!」

「あぁ? そうだな。そのまさか、だよ。俺のことを見下すヤツに、なんで挨拶しないといけないんだ? アホか?」

「アホって何よ! だから! せっかくわたしたち幼馴染なのに、お互い避けるなんて寂しいじゃない……」


 (寂しいだって?)


 何を戯言を言ってるんだ、こいつは……

 まあ、昔から支離滅裂なヤツだってことは知ってるが。


「……今、寂しいって言ったか?」

「ば、バカっ! さ、寂しいなんて言ってないわよ! 準男爵家のくせにつけ上がらないでよね!」

 

 そう言うと、リリーエは俺を軽く突き飛ばして、教室へ入って行った。

 とりあえず面倒くさいヤツが去ってよかった。


 しかし、今回のことは不可解だ。

 誰かが、ツキヒカのシステムに改変を加えている。

 おそらくファルネーゼの襲撃事件と関係があるだろう。

 これから真相を突き止める必要があるな。






 

 

 


 


 

 


 


 

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