第4話 物理で殴れば問題ない
「死ね……」
魔術師は、魔術の詠唱を始める。
この世界には、魔法と魔術の二つがあった。
魔法は、根源から引き出された神秘の力であり、魔術師が目指す最終到達地点だ。
一方、「魔術」は、一見奇跡に見えるが、他の方法でも実現可能な技術的な手段を指す。
つまり、魔法は超常的な力によって他の方法では実現できないことを可能にするものであり、魔術は人知の範囲内で実現可能なものだ。
(ヤツの魔術は、第七階梯魔術、爆炎龍か……)
物語の後半で出てくる、かなり強力な魔術だ。
龍のような炎の渦を生成して、術者の周囲百メートルを焼き尽くす、上級火属性魔術。
こんなところでそんなもんを使えば、学園生の寮は一瞬で吹き飛んでしまう。
つまり、だ。このまま詠唱が完成すれば、他の学園生にも被害が及ぶということだ。
(詠唱そのものをキャンセルしないといけないわけだな……)
「詠唱は口で行う。だから……スラッシュ!!」
「う……っ! がはっ!!!」
俺は一瞬で魔術師に接近して、喉に渾身の手刀を喰らわせる。
詠唱する喉を物理的に潰してしまえば、どんな魔術もキャンセルできるわけだ。
この世界は、魔術師が支配する世界。
魔術の才能=スペックだ。
それでそいつの人生が決まると言っていい。
だからこの世界の特に貴族たちは、みんな魔術の鍛錬をがんばる。
だが、俺は、反対に剣術と体術の鍛錬をした。
この世界は有力貴族でもいつ没落するかわからない、不安定な世界。
いつ貴族の爵位を失うかわからない。
だから俺は貴族でなくなっても生き抜くために、子どもの頃から親の目を盗んでダンジョンに潜っていた。
剣術と体術だけでダンジョンを攻略する――物理で魔術師をボコる術を身に着けたわけだ。
「お前らも、喉を潰されたいか?」
後ろに控えていた部下の魔術師たちに俺は言うと、そいつらは逃げて行った。
「はあ……で、お前の目的はなんだ?」
喉を押さえて悶え苦しむ魔術師に、俺は話しかける。
「はあ、はあ、あああ……」
「あ、そっか。俺が喉を潰してしまったからしゃべれないか」
「つ、強いんですね……アッシュフォードくんって」
今まで隠れていたファルネーゼが出てきた。
かなり驚いた顔をしている。
まあ無理もない。
普通の貴族なら魔術を使って敵を倒すことになる。
物理で殴るのは庶民の戦い方だから。
「アッシュフォードくんの動き、全然見えませんでした。いったいどこでそんな技を……」
「子どもの頃からダンジョンに潜っていたからな。レベル低い時はモンスターから逃げ回っていたから、それで自然と動きが速くなったよ」
「だ、ダンジョンって!! ダンジョンは魔術を身に着けてから入るもの……大人の魔術師でも危険なのに、それを子どもの頃から……」
ファルネーゼは、唖然とした顔をする。
誇り高い公爵令嬢のファルネーゼだ。
俺の貴族らしくない行動は、到底受け入れられないものだろう――
「す、すごいです!!」
「えっ?」
「戦いはとにかく勝てばいいもの。貴族らしさに拘らず、勝利を追求する姿勢は立派です!」
「そ、そうか。ありがとな……」
なんだかいろいろ勘違いされているようだが、とりあえず評価されているようだから別にいいか……
「クラウゼンさんは、ヒールは使える?」
「はい。使えますよ」
「こいつの喉にヒールをかけてくれないか? 尋問して誰が黒幕か吐かせたい」
「わかりました」
ファルネーゼは魔術師に近づいて、そいつの喉に軽く手をあてる。
「ヒール!!」
魔術師の喉が、緑色の光に包まれる。
喉の打撲痕が、消えていく。
「よし。治ったな。さあ、吐いてもらおうか。誰が黒幕だ?」
「クソ……! そんなこと話すわけ――」
「今度は喉仏を潰すか」
「わ、わかった! 話すから許してくれ」
「……さっさと話せ」
俺は手刀を下す。
「俺の依頼主は――アリエス・クロスフォードだ」
「あ、アリエスだって……?!」
アリエス・クロスフォード。
それは、この世界の主人公の名前だった。
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