第5話真似と誤解とおじさん
“レンアイの散歩”から一日。村の中がどこか落ち着かない空気に包まれていた。原因は分かっている。昨日、俺とリーナが橋の上で手をつないで歩いた姿を、村人たちが目撃したからだ。
「なあ、あれを俺たちもやってみようぜ」
「でも“いや”ならやめるんだろ? どうすれば“いや”か分からないぞ」
「だったらとりあえず、つないでから聞けばいいんじゃないか?」
そんな会話があちこちで交わされていた。
どうやら“レンアイ”という言葉だけが独り歩きしてしまったらしい。
広場に行くと、子どもから大人までが面白半分に手をつないでいた。中には同性同士もいるし、親子までもが真剣な顔で「これがレンアイか」と試している。
「ちょ、ちょっと待て! それは違う!」
慌てて止めに入る俺。村人たちは一斉にこちらを向いた。
「旅人さま、違うのですか?」
「“レンアイ”は誰とでも試すものじゃない! “特別中の特別”の相手を選ぶんだ!」
「特別中の特別……?」
そこでリーナが一歩前に出て説明を補った。
「昨日、わたしは旅人さまと歩きました。それは“ただ隣にいる人”ではなく、“わたしが選んだ人”だからです」
その言葉に、ざわついていた村人たちが静まり返る。
長老が杖を突きながら前に出てきた。
「要は“誰とでも”ではなく、“選んだ一人”に限る、ということか」
「そうだ。大切なのは“合意”。相手が望んでいなければ成立しない」
すると一人の若者が手を挙げた。
「じゃあ……選んだ一人が、自分を選んでくれなかったら?」
場が一瞬凍りつく。鋭い質問だ。
俺は真剣に答えた。
「その場合は、受け入れなきゃならない。レンアイは奪うものじゃない。選ばれなかった痛みは残るけど、それを乗り越えなきゃ次には進めない」
村人たちが顔を見合わせ、重い空気が流れる。
だがリーナが一歩踏み出し、はっきりと言った。
「だからこそ価値があるのです。“誰でもいい”なら意味がありません。“一人だけ”だからこそ大切にできるのです」
その言葉が広場に響き、村人たちの表情が少しずつ変わっていく。
やがて、先ほどの若者が深くうなずいた。
「……分かった。なら、俺も“選ぶ勇気”を持ってみる」
誤解は完全に解けたわけじゃない。けれど、“レンアイ”という言葉に初めて重みが加わった瞬間だった。
俺は小さく息をつき、隣のリーナに目をやる。彼女はまっすぐな瞳で俺を見返していた。
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後書き
第5話は、“レンアイ”が村に広まる中で起きた誤解と、それを正すおじさんの姿を描きました。
「誰とでも」ではなく「一人を選ぶ」という部分が強調され、初めて“レンアイ”が“特別な関係”として認識されました。
次回は、選ぶことによって初めて生まれる“拒絶”や“嫉妬”が描かれていきます。
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