第24話【黄金の兆し】
何が起こった?
痛みで動けなくなっていた
すでに辺りは夜闇が戻って来ていた。
周囲も凍り付いていた景色は消え、
ここに来た時のままに戻っている。
側に
「
「……うっ、」
すぐに顔を上げる。
暗闇の空に【
『今の黄金の光は……、』
ゆっくりと欄干に降り立つ。
乱れた全身の毛を直すように一瞬身体を震わせてから、
激昂していたはずの【九尾】が大人しくなり、そこへ座り直した。
『……おい。人間。
私はお前たちのどちらも殺そうと思った時に殺せるが。
まあこの際、そのようなことは今はどうでも良い。
私は本来、貴様らのような下賤の前に姿は現わさぬし、
言葉すら聞かせてやる必要はないのだが、
慈悲をやるがゆえ聞くがいい』
突然なんだ、と瑞貴が怪訝な顔を浮かべる。
『これより先、
人も、人ならざるものも、
根こそぎ死に絶えるようなものだ。
災厄の予言は私がしてやったゆえ、
後はお前たちが何とかしろ』
「凄まじい厄災だと? いつのことだ」
瑞貴がゆっくりと立ち上がる。
左腕を動かして確認する。
……痛みは引き、火傷もない。
確かに皮膚の焼ける匂いもしたのに。
それに、一瞬後方から感じた凄まじい霊力。
野宮溌春が発したものに間違いはなかった。
溌春はあまり自覚がないらしく、一体何が起こったのか、という表情を見せていた。
『しらん』
「知らんと言って、知っておるではないか。
俺達で何とかしろだと? 気づいてるお前が何とかしろ。
俺達は忙しいと何度言わせれば分かる」
『本当に口煩い小僧だな。
貴様の家系はそのような性質ではなかったはずだぞ』
「我が家の性質は関係ない。
聞くべきことはしっかり聞けと言われて育っただけだ」
突然指摘して来た大妖に、瑞貴は半眼を向けた。
『具体的な時は知らん。
十年後かも知れぬし、百年後かもな。
人間の時は短い。我々は千年を軽く生きるのだぞ。
お前らのような虫けらの細かい時間まで把握して生きておらん』
「大雑把に滅びの予言をするな」
『五月蠅い。浅葱。お前は黙っていろ。
良いか。【
――【安倍晴明】。
【九尾の狐】はそう呼びかけて、溌春を見据えている。
「私は……【安倍晴明】ではないが……」
『ごちゃごちゃ言うな。殺されたいか』
苛立ったように九尾の狐が尾を動かした。
『……とにかく厄災は来るのだ。
お前らが存命の時か、死んだあとかは知らん。
しかしそんなことは私には一切興味の無いことだ。
浅葱よ。
人は時を繋ぐと申したな。
つまりは結婚を慣例とせぬ貴様らであっても、
出来損ないの後進はいるわけだ。
そいつらを厄災に合わせたくなくば、
兎にも角にもお前らの代で何とかしろ』
「何とかしろの意味が分からん。あと
『貴様ら人間も衣の色で互いを呼んでいるではないか』
「そういうことを言ってるんじゃない」
「人も人ならざるものも死に絶えるような天災を、人の術で何とか出来るはずがない。
貴方が一番それを知っているのでは」
『…………このことには色々と事情があるのだ。
この私すら気安く手を出せぬ事情がな』
「事情?」
自分の手の甲を舐めて毛並みを整えながら、【九尾】は押し黙った。
『とにかく、恐ろしい天災にいずれ襲われることは確実だと考え、対策をしておけ。
定期的に私は見に来るからな。サボっていたら食い殺してやる』
「おい!」
立ち上がった【九尾】を瑞貴が呼び止める。
「何度聞いてもお前のそれは頼み事だ。
頼み事をするならばそれなりの誠意を示せ」
『誠意だと?』
「威嚇しても無駄だ。さっきのことでお前の力の程度は分かった。
何度考えても俺の力ではお前と張り合っても敵わん。
一撃でお前は俺を殺せることもはっきりと自覚したぞ。
だから思わせぶりに威嚇しても全くもはや怖くないからな」
【九尾】は一瞬天の方を向いて、間を置いた。
『結論がおかしいではないか』
「対処しろと言って、所詮人間の俺達はお前のような大妖には思いもよらん雑事に奔走して忙しいのだ。無幻京の怪異。それが対処出来ないうちは、お前の頼み事も聞けん。
なんだ不満か? いいぞ。一生懸命人の世の為に働いてる俺達をお前のような大妖が己の尺度で怠惰だと決めつけて殺したかったら好きに食い殺せ」
『……。』
【九尾】は少し、東の市街の方を見た。
それから、鬱陶しそうに九本の尻尾を巻き付け一つにすると、
もう一度欄干に座り直す。
『チッ……これだから雑魚は好かん。
短命のクセに下らんことに時間をかけおって』
「溌春がお前に問いかけたはずだ。
怪異が来るのは御所かと。
その問いに答えろ。問いかけろと言ったのはお前だろう。
答えろ」
『問うてみろと戯れに聞いただけだ。
答えてやるとは約しておらん』
「大妖のクセにゴチャゴチャ言う奴だな……。
御所の今日の報告に【
『晴明! 貴様がぼんやりして凡庸だからかような事態に陥ってるのだぞ!』
「私は御所のことには関わっていません」
『ふん』
大妖は軽蔑した。
『……御所などという、下らん場所の話は一切していない。
この無幻京で続く怪異とお前の話だ』
瑞貴と溌春は思わず顔を見合わせた。
「……この怪異と……野宮が何か関わっているのか?」
「私は誓って、御所を逃げ出してからは御所の人間ともそれ自体とも関わっていません!」
『まったく、貴様らの愚鈍さには寛容な私も苛つかされる。
安倍家などという血筋に生まれて、まだそのようなことを言っておるのか。晴明。
関りを絶ったから無関係だと?
貴様ら人間は、人の世に生まれ落ちた時から、全て因果の内に存在するのだ。
特に陰陽師などは見聞きするだけでその場に記録を残す。
お前らは全く、妖怪どもの評判が悪いぞ。
無幻京のあちこちを徘徊し足跡を残しおって。やかましいわ。
少しはそこに佇んで歌でも詠み雅に暮らせんのか』
見聞きして残す。
その言葉が瑞貴の耳に残った。
「……怪異の元凶と……。溌春は会っているのか?」
溌春が驚いて、瑞貴の方を見る。
だが瑞貴は【九尾】の方を見つめていた。
「そうかそれで……下らぬ問いだと一蹴したわけか。
野宮。どうやらこいつの欲した問いとお前の投げかけた問いは違ったようだ。
だがこの際それはいい。別の手がかりを見つけた」
『では私は寝床に帰る。
お前らのような凡愚どもと話していると、
無駄に疲れて来るからな。
良いか。問題は天災の方だ。
早く対処を考えろよ晴明』
「待ってくれ! 私は何のことか本当に……」
『黙れカスめ。このようなことに何日もいちいち時を掛けるな。
天の災いは六界の乱れより生まれしもの。
力無き帝が位に着けば、世は必ず乱れる。
そのようなこと、古代より人間が繰り返し続け来た過ちであろう。
何故人間どもは無能を玉座に座らせるのか。
我ら物の怪の世界はそのようなことは決してない。
必ず力あるものが数多の眷属を従え、王達の中の王となる。
この【五大妖】のようにな』
瑞貴が険しい顔をした。
「聞き捨てならんな。【九尾】。今の
世の乱れを常に監視させ、太平の世を保つよう日々努力をしておられるではないか」
『努力をしても悔い改めなければ真の太平の世などやって来ぬ。
特に位の高い女の内に邪念が宿れば、それは代を越えて続いて行く。
これぞ人の世の乱れよ』
「――位の高い女?」
【九尾】が咆哮を上げる。
風が天を貫き、雲を吹き飛ばした。
一瞬で空を駆り、大妖はその場から去って行った。
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