【晴明さん、今日も祓わないんですか⁉】

七海ポルカ

第1話【安倍晴明が殺された?】







「安倍晴明が殺された?」






 急の知らせと聞いて、嫌な予感はしていたのだ。


 最近ようやく春めいてきたというのに無幻京むげんきょうにはこの所、不穏な噂が飛び交っている。

 いにしえの都なので、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこするなどという話は昔からあるが、まやかしの類ではなく、現実に血腥ちなまぐさいものが増えて来たように感じる。


 無幻京むげんきょうには平和な時代も、怪しき時代も両方あった。


 自分は比較的、穏やかな時代を受け継いだと思って来た。

 日本東西の反乱が収まり、三十年になる。

 父や祖父の時代は、無幻京からも討伐軍が差し向けられた。

 しかし関東と九州に興った二つの勢力を打ち破り、無幻京は再び天下を統一して穏やかな治世に入ったのだ。


 父から譲位された時、言われたことがある。



『人の世の乱が収まれば、次は人ならざる者たちの乱が起こる。

 人の世の乱は私が収めた。そなたは人ならざる者たちの乱を鎮めるのが使命だ』



 帝の受ける帝王学の中に、陰陽学おんみょうがくはあった。

 天災の乱れを予期する占星学や天文学。


 無幻京むげんきょうは八百年前起きた【天響てんきょう】で、その龍のように南北に細く伸びる国土を持つ日本が逃れがたい天災により、そこにあった数多の都、勢力がことごとく滅び去った時、宮中に集った異能者が張った結界で唯一辛うじて生き残った。


 それから八百年、一度滅んだ日本の中枢として政を取り仕切って来たが、幾度も各地で生まれた新しい朝廷が最終的に生き残れなかったのは、人の乱を制しても、その後に必ず起こる人ならざる者たちの乱に対抗する力を持たなかったからだ。


 人の戦も一夜で大地を焼き払うが、

 物の怪の脅威は一夜で一つの都を滅亡させる。


 些細な怪異には対処出来ても大妖たいように相対することは、民間の陰陽師おんみょうじには無理だった。


 無幻京むげんきょうには【天響てんきょう】を予期し、これを防ぐ結界を張り、千年に一度の天災から都を守った異能者の末裔がいる。彼らはその後も常人には成す術のない大妖が出現し、無幻京を襲った時も力を発揮し、八百年間都の守護職として在り続けている。


 その名門の系譜の中でも最も秀でて、帝の直属の守護職についているのが安倍あべ家だった。

 

 特にその中で【安倍晴明あべのせいめい】は大妖狩りで名を馳せ、その個人の名前は今や、一つのとして使われている。




「……何人目だ?」




 芽吹き始めた外の黄梅おうばいを眺めながら、帝は尋ねる。

 報せを持って来た浅葱あさぎ色の直衣のうしを来た青年は、顔を上げた。


「これで三人目です」


 帝が振り返り、ゆっくりと椅子に腰かけた。



「昨夜五条ごじょう鴨川かもがわに遺体が浮かびました。

 私も今朝報せを受け遺体を確認して来ましたが、あれは人の業ではありません」


「由々しきことだな」

「はい」


「【安倍晴明あべのせいめい】はこの無幻御所むげんごしょ開闢かいびゃく以来の名門、最強の陰陽師の称号だ。

 それを保有する者を殺せる怪異が、この無幻京に入り込んでいる。

 悟らせもせず、強化した結界下でこれほど望みのままに殺しを達するとは余程の大妖たいようだ」


「……望み、と仰りましたか?」


「数多の陰陽師が存在する無幻京むげんきょうで、特に【安倍晴明】が三人も殺されたとなると、敵の望みはそなたらの命と見るのが正しかろう」


 青年は背を伸ばした。


「そうとは限りません。【安倍晴明】は天帝てんてい直属の守護職です。

 つまり天帝を脅かしたいと望む者にとって、一番の障害となる。

 怪異かいいの狙いは御所の尊い方かもしれません」


「何か感じるか。瑞貴みずき


「今は何も。しかし兄弟子達がこうも容易く討たれ、私にも危機感があります」

「そなたは【安倍晴明】の名を継ぐ者の中で最も若いが、最も優れている。

 私はどうすべきだと考える?」


 瑞貴は真っすぐに帝へと視線を向けた。


 御所において、唯一帝と御簾越しではない直接の謁見を許されるのが【安倍晴明】の称号を持つ選ばれた陰陽師たちだけだった。


 これは無論彼らの無幻京への、古の時代からの貢献が理由だったが、彼らが称号を得るための素質の一つと言われる【天眼てんがん】が、人に憑りつこうとする物の怪や凶兆を視るため、帝の一族を災厄から守ることにもなるからでもある。


 その為、帝は月に一度必ず安倍晴明との謁見を行う。

 これは普段の守護職との通常のやり取りとは別で、正式な公務の一つだった。

 今上帝きんじょうていである【黎明帝れいめいてい】は帝位に着いて以来、この若き【安倍晴明あべのせいめい】を最も頼りにして謁見の儀にも召し出している。



「今現在の無幻京において、【安倍晴明】の称号を持つ者は私を入れて七人。

 三人は殺され、四人が生き残っていますが、

 一時私以外の三人を御所に移し、結界の強化を行います。

 御所の聖域ならば元より、どんな大妖だろうと力を発揮することは出来ません。

 敵の望みは分かりませんが三人の晴明が揃っていれば何が起こっても対処出来るでしょう。

 その間に私は無幻京を広く、怪異を探ってみたいと考えています。

 土岐とき総帥にも話をし、許可をいただいて来ました。

 あとは主上へいかのお許しが頂ければ、今日からでも」



「無論……そのようなことならば幾らでも許可をするが。

 しかしそなた一人で危険ではないのか。

 瑞貴みずきの才は信じているが、敵は【安倍晴明】をすでに三人殺している怪異ぞ」


 天眼てんがんを持つ陰陽師おんみょうじの瞳が青く、明るく輝いた。




「どうか私のことはご心配なく。

 黎明帝れいめいてい、新しい御子みこのご誕生の日も近いと存じます。

 無幻京むげんきょう日輪にちりんは揺るぎなく御所で吉報をお待ちください。

安倍晴明あべのせいめい】の名に懸けこの私が、蠢き出した怪異を必ず鎮めて参ります」





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