第七章・第四節 老兵、教官になる
――防衛省・訓練棟B-7。
重蔵は、迷彩柄に身を固めた若い隊員たちの前に立っていた。
平均年齢、二十歳そこそこ。
目は鋭く、身体はしなやか。
だが「戦場の空気」を知らぬ者たち。
「今日から諸君らに、教えを授ける老いぼれじゃ。JZ-65と呼べばよい」
ざわ……と列が揺れた。
「本物だ……」「ロンドンの“あの試合”の……」
「てか年齢いくつだ……?」
「失礼な、戦士に年齢は関係ない」
重蔵は小さく笑い、手に持ったタブレットを操作する。
モニターに映るのは――
《ゾンビ・オブ・パニック:最終戦線》の戦場マップ。
「ゲーム……ですか?」若い隊員の一人が戸惑う。
「違わん。これは戦術思考の筋肉を鍛えるための道具じゃ」
重蔵の声は低く、しかし静かに響く。
「走る足も、拳の速さも、いずれ衰える。じゃが、判断は磨き続けられる。
わしはその証じゃ」
一瞬、訓練場の空気が変わった。
TACTがホワイトボードにメモを書き込みながら補足する。
「じいじ――いや、JZ-65は、状況の“先”を読む速度が異常なんです。
筋肉じゃなくて、“理解の速度”で動いてるタイプ」
「理解の……速度……」
若い隊員たちの目に、火が灯り始めた。
「ではまず、状況判断訓練を行う。
君たちには、**『死なない方法』**を教える」
重蔵が映像内の狭い路地を指し示す。
「敵を倒すことではなく、仲間を守り、生還する道を選べ。
勝ちは生き残った者にしか訪れん。」
言葉は、誰よりも多くの“別れ”を知る者の響きだった。
「翔、美羽、TACT。補助を頼む」
「はーい!」
「了解!」
「支援に回ります」
訓練が始まる。
重蔵は叫ばない。
怒鳴らない。
ただ、静かに“見る”。
若者たちは、必死に走り、考え、ぶつかり、立ち上がる。
やがて隊員の一人が、息を切らせながら叫んだ。
「……これ、本当に“戦い”なんですね」
「うむ。それも――生きるためのな」
休憩時間。
隊員たちが重蔵を囲む。
「教えてください。もっと。」
「俺、強くなりたいです。」
「守れる人になりたい。」
重蔵は、目を細めた。
かつて仲間を守れなかった自分。
その痛みが、今は道を照らしている。
「ならば共に行こう。
老兵の歩幅は小さいが、止まらんぞ。」
若者たちが頷く。
訓練棟の空気は、もう戦場の予感ではなく――
未来の匂いを帯びていた。
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