第六章・第四節 老兵、女王陛下の紅茶をすする
――翌日、ロンドン。
霧が晴れ、青空がのぞく。
王立アルバート・ホールでのチャリティ試合の勝利から一夜。
老兵こと浦見重蔵は、TACT、美羽、翔とともに、
王立庭園内の「ウィンザー・ティー・パビリオン」へと招かれていた。
「じいじ、本当に陛下に会うの?」
「“拝謁”とまではいかんじゃろう。紅茶をたしなむだけじゃ」
「いや、それ十分すごいことだから!」翔が半ば叫んだ。
TACTは無言で背筋を伸ばし、ネクタイを整える。
「……服装規定、フォーマル必須。遅刻は外交問題です」
「わかっとる。わしも昔、近所の茶会で遅れて叱られた経験がある」
「スケールが違いすぎるよ、じいじ……」
静かな湖面を背景に、白いパビリオンが見えてきた。
案内役のメイドが微笑む。
「Welcome, Mr. JZ-65 and team. Her Majesty’s steward will attend in her stead.」
「陛下の代理が同席とは、光栄の至りじゃな」
席につくと、銀のティーセットが運ばれてきた。
香るのは、英国伝統のアッサムティー。
重蔵は湯気を見つめ、しばし沈黙。
やがて――
「ほう、この香り、まるで戦場の後の静けさのようじゃ」
「詩的なのか感覚的なのか分からないよ、じいじ……」
美羽が笑い、TACTが苦笑する。
スチュワードが口を開いた。
「Her Majesty extends her gratitude for your noble play yesterday.
She was impressed by your... bonsai spirit.」
「盆栽……精神?」翔が首をかしげる。
TACTが補足する。
「陛下は“根を張り、静かに育つ強さ”の象徴として感銘を受けられたそうです」
「なるほど……それは光栄なことじゃ」
重蔵はゆっくりとカップを持ち上げた。
「――陛下に、伝えてくだされ。
“根のない花は散るが、静かに伸びる枝は、風をも受け流す”とな」
その言葉に、スチュワードが微笑を浮かべ、深く一礼した。
「Her Majesty will be delighted.」
紅茶の香りが満ちる。
窓の外では、子どもたちがサッカーボールを追いかけている。
「TACT、これが“平和な戦場”というやつかの」
「ええ。戦わずして、世界を繋げる。それが今のじいじの役目です」
「……うむ。銃も、マウスも、道具は違えど魂は同じよ」
ティーカップを静かに置く。
老兵の背に、朝の陽が射した。
――その瞬間、護衛官が駆け寄ってくる。
「Mr. JZ-65, urgent message from Tokyo Embassy.」
「ふむ……日本から、か」
封筒には、赤い桜の印章と――
**“Government Request: Special Operation”**の文字があった。
美羽が息をのむ。
「……また、何かが始まるの?」
「そうじゃな。だが――」
重蔵は紅茶を飲み干し、笑った。
「――茶を飲み干してから、でよいじゃろ」
霧の都ロンドン。
老兵は静かに立ち上がる。
戦いは終わらない。
だが、今だけは――紅茶の温もりを胸に。
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