第五章・第二節 老兵、英語と戦う
――ロサンゼルス国際空港を経て、到着したのは大会指定ホテル「グランド・パーム・リゾート」。
JZ-65こと佐藤重蔵は、スーツケースと盆栽を両手に抱え、ロビーの真ん中で立ち尽くしていた。
「ほう……これが“アメリカの城”か」
「じいじ、それ“ホテル”だからね!」美羽が笑う。
TACTは既にチェックイン端末を操作していた。
「JZさん、パスポートと大会IDを見せてください」
「うむ。パスポートはあるが……この“ID”はどこで出すんじゃ?」
「それ、首から下げてる大会バッジです」
「ほう。首飾りが通行証とは、なんとも粋な文化じゃの」
フロントスタッフが微笑んで話しかけてくる。
「Welcome, Mr. JZ! You’re our VIP guest!」
「お、おお……“ベリーマッチョ”」
「は?」
TACTが即座にフォロー。
「He means, thank you very much. Very… muscle.」
「え、マッスル!?」スタッフが笑いながら親指を立てる。
結果――「筋肉=礼儀正しい」と誤解されたまま、JZはVIP扱いを受けることに。
チェックイン後。
部屋のドアを開けた瞬間、重蔵は叫んだ。
「おおっ、なんじゃこのベッドの大きさは! 四人寝られるぞ!」
「じいじ、それキングサイズだよ!」翔が笑う。
「王の寝床か……ならばわしが今日から“キングJZ”じゃな」
「やめて、もうハッシュタグ化される未来が見える!」美羽がスマホを構える。
TACTが冷静に告げた。
「明日は開会式です。挨拶は英語でお願いします」
「……来たか、英語戦線」
じいじの顔が真剣になる。
「まずは基本の挨拶。“Nice to meet you.”」TACTが言う。
「ナイス・トゥー・ミートゥー」
「ミートが増えました!」翔が即ツッコミ。
「……肉文化の影響じゃな」
「そんな文化的理由あるか!」
さらにTACTは試験を続けた。
「次、“I’m happy to be here.”」
「アイム・ハッピー・トゥ・ビー・イヤー」
「いやー?」美羽が噴き出す。
「“イヤー”じゃなくて“ヒア”です!」
「ふむ、“耳”と“ここ”が違うとは、紛らわしいのう」
するとホテルの電話が鳴った。
「Hello, this is front desk. Do you need wake-up call tomorrow?」
英語の声に固まるJZ。
「TACTくん、これは罠か?」
「違います! モーニングコールの確認です!」
「なるほど。“ウェイクアップ”とは、“起き上がれ老兵”という意味か」
「違うけど、合ってる気がする!」翔が爆笑した。
翌朝――
TACTがモーニングコールを設定したはずなのに、部屋の電話が鳴らない。
「おかしいな……設定ミスか?」
重蔵が言った。
「いや、ちゃんと来たぞ」
「えっ? いつ?」
「午前五時、“ハロー!ウェイクアップマッスル!”と叫ばれた」
「え、それスタッフがじいじに直接電話してるの!?」
「うむ。“筋肉コール”じゃ」
SNSではすでにトレンド入り。
#WakeUpMuscle(ウェイクアップマッスル)
#筋肉コールじいじ
「TACTくん、これは……炎上か?」
「いえ、世界が笑ってます」
重蔵は静かに盆栽を眺め、微笑んだ。
「笑い合えるのなら、言葉など要らんのう」
その表情を、美羽がこっそり撮った。
――その写真は数時間後、
《#BuddhaSmileShot(ブッダスマイルショット)》に続く新たなミームとして、世界を再び席巻するのだった。
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